うお約束を昨年の暮れにしておりますので、音楽の話題からはじ
めることにします。
ウィーン・フィルによる今年のニュー・イヤー・コンサートは
ニコラウス・アーノンクールの指揮で行われました。昨年はオザ
ワでしたが、アーノンクールは、2001年のニュー・イヤー・
コンサートに続いて2回目の登場です。指揮者を選ぶ権限は楽員
にあるということを考えると、アーノンクールはウィーン・フィ
ルの楽員に人気があるということになります。
コンサートの雰囲気はオザワのときとは、かなり異なっていた
と思います。会場に飾られた花にしても、オザワのときは赤が目
立っていたのに今年は白一色と様相が一変していたのです。
注目すべきは曲目です。このニュー・イヤー・コンサートでは
ヨハン・シュトラウス一家の作品を取り上げるのが基本原則なの
ですが、今回はウェーバーとブラームスの次の作品が取り上げら
れているのです。これはかなり珍しいことです。
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ウェーバー作曲、「舞踏への勧誘」作品65
ブラームス作曲、「ハンガリー舞曲集」より第5番嬰ヘ短調
「ハンガリー舞曲集」より第6番変ニ長調
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ウェーバーのこの曲は、ワルツのお手本ともいうべき曲であり
ヨハン・シュトラウスはこの曲をベースにワルツを作曲したとい
われていること、それにブラームスはヨハン・シュトラウスと親
交が深く、ブラームスは彼の音楽を高く評価していたということ
――これがアーノンクールが取り上げた理由なのです。
しかし、残念なことがひとつありました。アーノンクールはコ
ンサートの冒頭に「舞踏への勧誘」を持ってきたのですが、曲が
終る前に大拍手が入ってしまったことです。この曲は、もともと
はピアノ曲なのですが、ベルリオーズが管弦楽用に編曲してオー
ケストラで演奏されることが多いのです。
最初に紳士が若い婦人に舞踏の相手を申し込む部分があり、オ
ケではチェロがその部分を担当するのです。そして、華やかに踊
りがはじまり、終了するのですが、そのあと紳士の感謝のことば
をあらわす部分があり、ここもチェロで演奏されます。
ところが、踊りが終ったところで大拍手が入ってしまったので
す。アーノンクールはまずチェロに停止を命じ、観客に手で拍手
を制してから、チェロに演奏を指示しています。よく知られた曲
であることに加え、由緒あるウィーンのニュー・イヤー・コンサ
ートでの出来事であり、また、あとでCDやDVDとして商品化
されることも考えると、大変残念なことだと思います。
しかし、その後の演奏は立派なものであり、オザワのときより
も、ウィーン・フィルの楽員たちが大変楽しく演奏しているのが
印象に残りました。アーノンクールといえば、ベルリン生れで、
オーストリアを中心に活躍している指揮者であり、今やウィーン
では飛ぶ鳥を落とすほどの人気指揮者なのです。
また、アーノンクールはエキストラとしてですが、ウィーン・
フィルでチェロ奏者をしていたこともあり、楽員にとってはいわ
ばかつての仲間なのです。アーノンクールのように、ウィーン・
フィルの内部で演奏をしたことのある音楽家が、ニュー・イヤー
・コンサートを指揮するのはボスコフスキー以来のことです。
しかし、このアーノンクールという指揮者は、少し変わった人
物なのです。それは、あのカラヤンと比較してみると、まるで正
反対の考え方の持ち主であることによってそういわれます。
アーノンクールは1929年生まれであり、カラヤンよりも、
20年若いのです。彼は飛行機が嫌いで、日本には一度しかきた
ことはないのですが、今後もくることはないでしょう。それに対
してカラヤンは、日本はもちろん世界中を飛び回っており、プラ
イベート・ジェット機まで持っているのです。
カラヤンがクラシックの国際化を目指し、世界中の人に聴いて
もらえるように努力したのに対し、アーノンクールは「クラシッ
クはヨーロッパのローカル音楽である」と明言しています。
また、カラヤンが現代の楽器に合わせて独自の解釈で曲を演奏
したのに対し、アーノンクールは古い楽器を修理して復元させ、
昔ながらの音を再現しようと努力しています。そのため、アーノ
ンクールは「古楽の先駆者」といわれるのです。
彼は1957年にウィーン・コンツェントス・ムジクスという
アンサンブルを結成し、バッハやモーツァルトを作曲家の時代の
流儀と称する演奏法で取り上げ、現在も続けています。
カラヤンはポピュラーな曲を積極的に取り上げて録音し、LP
やCD化して販売し、世界中を演奏旅行をして回ることによって
音楽産業として発展させるのに成功しています。そして、このス
タイルを多くの有名指揮者たちは踏襲しています。
しかし、アーノンクールは指揮をするオーケストラを絞り込み
飛行機が怖いということもあって、他の音楽家のように世界中を
演奏旅行することなどしないのです。
しかし、カラヤンの後継者というべき有名指揮者――クラウデ
ィオ・アバド、ズービン・メータ、小澤征爾、リッカルド・ムー
ティたちを尻目に、アーノンクールは、いつのまにか、押しも押
されぬ大指揮者としての地位を築きつつあります。
アーノンクールの演奏はお世辞にも美しいとはいえないもので
すが、そのアーノンクールが甘美な音楽を愛好するウィーンにお
いて受け入れられているのは注目すべきことです。
2001年のニュー・イヤー・コンサートにおいて、アーノン
クールは、プログラムの冒頭において、コンサートの最後に演奏
することになっている「ラデツキー行進曲」のオリジナル版を演
奏しています。こういうウィーン音楽に精通しているアーノンク
ールをウィーン・フィルの楽員たちは尊敬しているのです。どう
やら、この勝負、オザワの負けのようです。
