でしょうか。
橋下氏がはじめてタレントとしてデビューしたのは、2000
年6月、テレビではなく、ラジオの深夜放送だったのです。大阪
の劇団「南河内万歳一座」の座長・内藤裕敏がパーソナリティー
を務める「×××(クスクスクス」という生番組で、コメンテー
ターとして「17歳の犯罪」をテーマに3時間にわたって議論を
続けたのです。
当時橋下氏は弁護士4年目で、13日のEJの写真でご紹介し
た茶髪でサングラスといういでたちで、とても弁護士には見えな
かったといいます。しかし、その弁舌はきわめて巧みであり、コ
メントも的を射る的確なものだったのです。
番組への出演を口説いたのは、毎日放送ディレクター、井口岳
洋氏(現東京支社テレビ制作副部長)なのです。実は井口氏は橋
下氏の大阪府立北野高校ラグビー部の先輩に当るのです。当時井
口氏は、深夜番組への出演を承知してくれる弁護士が見つからな
いで苦労していたのです。そこで思いついたのが橋下氏だったと
いうわけです。
しかし、橋下氏は最初はなかなか承知しなかったのですが、そ
こは先輩の権威で半ば強引に納得させたのです。そして実際に橋
下氏を出演させてみて、改めて井口ディレクターは、橋下氏のタ
レントとしての才能を認めたのです。
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とても素人とは思えなかった。アガリもせず、気張りもせず、
そのうえ、言葉に力があるなという印象を受けた。
── ──産経新聞大阪社会部
『橋下徹研究』/産経新聞社の本
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橋下氏がラジオの深夜番組に出演するようになってから半年後
の2001年のはじめのこと、放送プロデューサーのディープ・
スペクター氏は橋下氏とはじめて会っています。関西のローカル
の情報番組で顔を合わせたのです。その深夜番組の放送作家が橋
下氏のことを「面白い弁護がいる」とディープ・スペクター氏に
知らせたからです。
何回か、共演を重ねるうちにディープ氏は「彼なら絶対に売れ
る!」と確信して、TBS系「サンデー・ジャポン」のプロデュ
ーサーに、橋下氏が出演したVHSテープを持ち込み、即レギュ
ラー入りが実現したのです。これが橋下氏のテレビ出演のいきさ
つです。在京テレビ局のプロデューサーは、橋下氏について次の
ように述べています。
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過激な発言も確信犯的で、何をどのように話せば視聴者にウケ
るか、賛同をえられるか、よくわかっていた。彼にとってのス
タジオは、法廷と変わらないのではなかったのではないか。
──産経新聞大阪社会部編の前掲書より
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橋下氏の最初の深夜番組をたまたま聞いていた朝日放送のプロ
デューサーの要請で、橋下氏は、朝日放送「ワイドABCDE〜
す」にジャーナリストの大谷昭宏氏と共演。その縁で「スーパー
モーニング」、「ムーブ!」にも共演するようになったのです。
2003年4月から日本テレビ系全国ネット番組「行列のでき
る法律相談所」にレギュラー出演するようになり、同年7月から
関西ローカルの『たかじんのそこまで言って委員会』(読売テレ
ビ)でもレギュラーとなり、これらの番組におけるユニークな言
動で全国的に知名度が上がっていったのです。
ところで、橋下氏の毒舌はどこからきたものでしょうか。
それは、たけしからきているのではないかという人がいます。
橋下氏はちょうど小学校高学年で「漫才ブーム」を経験しており
たけしの影響を強く受けた世代なのです。
そのため橋下氏は、たけしの著書、例えば『だから私は嫌われ
る』(新潮社刊)などを読んでおり、影響を受けていたと思われ
ます。橋下氏は未成年の犯罪などでも次のようなことを平気でい
いますが、そういうところはたけしとそっくりなのです。
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ガキに人権なんてない。子供に人権を与えるなら、悪いことを
したら刑務所に送るべきである。 ──橋下徹氏
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しかし、たけしの場合は「あくまで芸人のたわごと」といって
逃げられますが、橋下氏の場合はあくまで弁護士であり、逃げ道
はないので、トラブルが発生しやすいのです。
果たしてそういうトラブルが発生したのです。橋下氏がレギュ
ラーを務めていた「サンデージャポン」で、橋下氏の次の発言が
問題になったのです。
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日本人の買春は中国へのODAみたいなもの
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局としては、橋下氏をやめさせたくないので、番組で謝罪すれ
ば、辞める必要はないと説得したのですが、橋下氏は耳を傾けな
かったのです。生放送の放映中に突然壇上から降りて、カメラの
前で謝罪して、番組を去って行ったのです。彼はタレントであっ
ても弁護士であり、その立場での発言には問題があったと認識し
ていたのです。
橋下氏は自分が弁護士であることに強いこだわりを持っており
それは場合によっては、府知事や市長を上回るものがあります。
あるとき橋下氏は次のようにいっているのです。
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僕なんて弁護士じゃなかったら、誰も相手にしてくれない
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―── [橋下徹研究/07]
≪画像および関連情報≫
●「サンデー・ジャポン」降板事件について
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橋下徹弁護士が「集団買春は中国へのODAのようなもの」
(2003年10月5日放送分)と発言して、TBSの番組
『サンデー・ジャポン』を降板させられたことは、広く知ら
れている。その集団買春をした「大阪の建設会社」が訪販リ
フォーム詐欺大手「幸輝」であったことは本ブログ「史上最
大の買春作戦(上・中・下)」と「かたや死刑、かたや無罪」
でくわしく述べてきた。2005年11月7日、京都府警と
埼玉県警は「幸輝」大阪本社(吹田市広芝町)と東京支店を
を一斉搜索。これまでに逮捕者17人。うち、13人と、法
人「幸輝」が起訴され、現在までに9人が有罪。最高幹部4
人と、法人「幸輝」を起訴した裁判が大詰めを迎えている。
その「幸輝」の米盛昌敏社長には、闇社会との結びつきも指
摘されていた。 http://www.actiblog.com/longan/52125
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「サンデージャボン」


