紹介しましたが、再現します。
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ドイツは二つの異なる速度で進む欧州連合を支持する
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ここでいう「二つの異なる速度で進む欧州連合」とは一体何を
意味しているのでしょうか。
これは一般的に「二速度欧州(two speed Europe)」と表現さ
れます。「二速欧州」ともいわれます。これは、ユーロに参加す
る各国のなかで、統合を進めるのに熱心な国はどんどん先行して
やればよいが、それに反対したり、嫌だったり、現状では困難だ
という国はゆっくりやってもかまわないということなのです。
これについて、同志社大学大学院教授の浜矩子氏は、二速欧州
を「不思議なEU用語集」の一つといい、二速欧州について次の
ように述べています。
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二速欧州の高速組については、「アバンギャルド・グループ」
などという表現が使われることもある。誰が高速組で誰が低速
組を構成するのか。これについては誰もそうあけすけには言わ
ない。だが、誰もがそれを知っている。要は独仏とその周辺小
国群が軸になる。彼らとしては、出来れば文句を言ったり足を
引っ張りそうな面々を打ち捨てて、どんどん先に進みたい。だ
が、そこに敢然とは踏み込めないまま、不思議なEU用語集を
使って暗に願望を表明する。 ──浜矩子著/朝日新聞出版
「EUメルトダウン/欧州発 世界がなくなる日」
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ところで、高速と低速の2つの速度でどこに行こうとしている
のでしょうか。
もともとEU(欧州連合)は、「ヨーロッパ合衆国」の実現を
目標に設計されているのですが、実現には相当長い年数がかかり
段階的に一歩一歩進めていくしか方法がないのです。中間ステッ
プとして限定的到達目標を設定し、それを達成するために必要な
政治的意志を結集させる。そして政治的に耐えられる範囲の主権
を譲渡することを国家に義務づける条約を締結するということを
繰り返して、少しずつ前進するしかないのです。
前にも述べましたが、この「ヨーロッパ合衆国」という言葉は
イギリスのウィンストン・チャーチルが、1946年9月19日
に、スイスのチューリッヒ大学で行なった演説で提唱したもので
すが、チャーチル自身は英国をヨーロッパ合衆国に含めていない
という考えを示しています。それもあって、いまだに英国のスタ
ンスははっきりしていない状態です。
これに対して浜矩子教授は、その行く着く先は「経済政府」で
あるとして、次のように述べています。
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経済政府を構築するというのは要するに財政統合をするという
ことである。EUとして一つの財政を共有するということだ。
(中略)加盟各国の財政については、あくまでも各国がそれぞ
れに主権を持ち、独自裁量で運営に当たっている。財政統合を
行うということは、この体制を抜本的に変更して、一つのEU
財政を全加盟国で共有することを意味している。
──浜矩子著の前掲書より
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現在EU27ヶ国のうち、EUに加盟しているのは17ヶ国で
す。この時点で既に「二速欧州」です。最後まで加盟しない国も
出てくるかもしれない状況です。
ユーロ加盟17ヶ国の中でも温度差があります。既にユーロと
いう共通通貨を持ち、ECBに金融政策を献上し、金融市場が統
合されているのに、現在のユーロ圏は統合欧州にほど遠い存在に
あります。それは財政が各国バラバラいであるからだというので
す。したがって、それを統合しようというのが財政統合──それ
は政治統合に踏み込まざるを得ない状況です。
しかし、通貨統合、金融政策のECB移管、それに加えて財政
統合をするということは、自国の消滅に大きく踏み出すことを意
味します。当然のことながら、国として温度差が出てきます。そ
のため先に進む国と慎重に進む国が出てくることになります。こ
れも「二速欧州」です。
ドイツのメルケル首相の「二つの異なる速度で進む欧州連合を
支持する」というメッセージは、ユーロ圏のなかで同意できる国
だけでも前倒しで、財政統合を進めたいと考えていることを意味
します。もともとドイツは「二速欧州」に反対であったはずです
が、一転してそれを容認する姿勢に転じたのは、PIIGSをは
じめとする債務国に速度を合わせていると、統合欧州の実現は不
可能になると判断したものと考えられます。
本来「二速欧州」はあってはならないのです。現在のユーロは
ドイツの信用力によって支えられており、今後EUとして決定さ
れるさまざまな問題にドイツは強い影響力を持つはずです。もは
やフランスもドイツの意向に逆らえないと思われます。
しかし、ジョージ・ソロス氏は、ドイツは現在のユーロ危機の
原因を間違ってとらえているとして次の指摘をしています。
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ドイツは現在のユーロ危機を、競争力を失って債務を積み上げ
た国々の責任とみなしており、そのため調整の負担をすべて債
務国に負わせようとしている。これは現在の危機が政府債務危
機であるだけでなく通貨・銀行危機であること──そしてそれ
らの危機についてはドイツに大きな責任があること──を無視
した、偏った見方である。──ジョージ・ソロス/藤井清美訳
『ソロスの警告/ユーロが世界経済を破壊する』/徳間書店刊
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―── [欧州危機と日本/59]
≪画像および関連情報≫
●「二速度の欧州」に関するドイツ総領事館への質問
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EU首脳会議におけるイギリスの合意離脱以来、「中核国の
ヨーロッパ」とか「二速度の欧州」といった言葉が再び議論
に上っています。これについてどのように考えますか。
イギリスがひと先ず、安定同盟への道をわれわれと共に歩ま
ないというのは残念なことですが、だからといって残り26
ヶ国は、統合深化への決意を挫かれてはなりません。肝心な
のはイギリスに対して扉を閉ざすことなく、可能性を残して
おくことです。われらがパートナーとして、いつでも安定同
盟に寄与してもらいたいと思います。ドイツに劣らずイギリ
スの金融中枢は、ユーロの安定に依存しているのですから。
将来も英国政府がEUのなかで積極的な役割を果たしていく
だろうことに、私は疑いを抱いておりません。
──ドイツ総領事館ホームページ
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メルケル首相/二速度欧州