握っていると思います。現在ユーロ圏の中心国はドイツとフラン
スです。いやドイツとフランスは、もう一つ大きな「世界最大の
国家」ともいわれるEUの中心国家でもあります。
とくに現在のドイツの経済は堅実そのものであり、ユーロ圏は
もちろんのこと、ユーロに入っていないEU諸国に対してもヨー
ロッパ全体を支える中心的存在になっています。
しかし、EUやユーロにおけるドイツの存在は、他のヨーロッ
パの諸国とは微妙に違うポジションにあります。それは、ドイツ
が2つの世界大戦──第1次世界大戦(1914〜1918)と
第2次世界大戦(1939〜1945)の敗戦国であることと無
関係ではないと思います。
ドイツは、実質上はユーロの中心国でありながら、一歩引いた
感じのある国です。そういう意味でこれまでEUやユーロを牽引
してきた国はフランスということになるでしょう。それはドイツ
があくまでフランスを立て、他のEU諸国に対しても謙虚な態度
で接してきているからです。それは、ヨーロッパ統合の歴史を調
べてみると一層はっきりします。
さて、EUとユーロは不可分な関係にあります。フランスの前
大統領のニコラ・サルコジ氏は、EUとユーロの関係について次
のように述べています。
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ユーロという制度は絶対に崩壊させてはならない。もし、崩壊
すればEUも崩壊することになる。 ──ニコラ・サルコジ氏
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しかし、そのサルコジ氏は選挙に敗れ、社会党のオランド氏が
フランスの大統領になっています。オランド大統領とドイツのメ
ルケル首相とは、経済財政の考え方がかなり異なり、ユーロ圏内
の政策について意見の一致が見られるかどうかが不安視されてい
ます。先のEU首脳会議では、オランド大統領の提案するユーロ
圏共同債について意見が合わず、激しいやり取りがあったことは
昨日のEJで述べた通りです。
このように、あまりにも意見が合わないことが続くと、最悪の
場合、ドイツのEUからの離脱もありうるのです。離脱の恐れの
あるのはギリシャだけではないのです。
そもそもヨーロッパ統合の構想の原点は何なのでしょうか。
それは、1946年にウィンストン・チャーチルが「ヨーロッ
パ合衆国構想」を唱えたことにはじまるのです。チャーチルとし
ては、鉄のカーテンの向こうにはソビエトを中心とする巨大な社
会主義陣営があり、大西洋の向こうには超大国に成長したアメリ
カが君臨する。こういう状況において西ヨーロッパ諸国は統合し
一体化する必要がある──このように考えたのです。
このチャーチルの構想にしたがい、1949年には「欧州評議
会」が設立されています。欧州評議会は、初めての汎ヨーロッパ
機関ということになります。
そして、1950年5月9日、当時のフランスの外相のロベー
ル・シューマンは、戦争の兵器の素材として不可欠な石炭と鉄鋼
に関する産業を統合することを目的とした共同体の設立を趣旨と
する「シューマン宣言」を発したのです。
1951年に、このシューマン宣言に基づいて、フランス、イ
タリア、ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、西ドイツの6ヶ
国は、「欧州石炭鉄鋼共同体」を設立するパリ条約に署名してい
ます。実はこのとき、ドイツは工業生産を厳しく制限されていた
のですが、この共同体の発足によって、その制限は緩和されるこ
とになったのです。
この欧州石炭鉄鋼共同体の発足により設置された「最高機関」
と「共同総会」は、それぞれ後の「欧州委員会」、「欧州議会」
となっていくのです。その後この欧州石炭鉄鋼共同体に加えて、
さらに2つの共同体ができたのですが、これら3つを「欧州諸共
同体」(EC)と呼ぶのです。
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1.欧州石炭鉄鋼共同体/1952
2. 欧州経済共同体/1958/EEC
3. 欧州原子力共同体/1958
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1973年1月にデンマーク、アイルランド、イギリスが欧州
諸共同体に参加したのです。さらに1981年にはギリシャが、
1986年にはスペインとポルトガルが参加します。このように
ECには全部で12ヶ国が参加したのです。
現在、ECという言葉に代って「EU(欧州連合)」という言
葉が使われており、EUの前身はECといわれています。これは
別に間違いではないのですが、そうかといって正確な表現である
ともいえないのです。
結論からいうと、ECの3つの共同体のうち、欧州石炭鉄鋼共
同体は2002年7月に消滅したのです。なぜかというと、その
共同体の設立条約第97条において、存続期間は50年と定めら
れていたからです。この共同体の設立は1952年であり、50
年後の2002年に廃止されたのです。しかし、他の2つの共同
体──欧州経済共同体と欧州原子力共同体については存続期間が
定められておらず、もちろん現在も残っています。
EUは1993年に発足したのですが、EUには次の3本柱と
いうものがあり、ECは、「超国家的共同体」の第1の柱として
現在も残っているのです。
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1. 超国家的共同体
2. 共通外交・安全保障政策
3.司法・内政分野における協力
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── [欧州危機と日本/39]
≪画像および関連情報≫
●「シューマン宣言」とは何か
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シューマン宣言は第二次世界大戦後の仏独協調体制の始点と
位置づけられ、また西ドイツが西側陣営に付く契機ともなっ
た。西ドイツ首相コンラート・アデナウアーはシューマン宣
言を「西ドイツの転換点」と述べている。欧州石炭鉄鋼共同
体が発足したことで共同石炭・鉄鋼市場が導入され、これに
より市場価格の自由な決定が可能となったり、輸出入にかか
る関税や補助金が撤廃された。しかしながら、異なる経済が
このような状況にいたる移行期間にはおよそ1年以上かかっ
た。特筆するべき点として、シューマン宣言では各国政府か
ら独立した再考機関の創設がうたわれている。また欧州統合
の観点からシューマンは次のようにも述べている。「ヨーロ
ッパは一日にして成らず、また、単一の構想によって成り立
つものではない。事実上の結束をまず生み出すという具体的
な実績を積み上げることによって築かれるのだ」。
──ウィキペディア
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ウィンストン・チャーチル


