るが、その素晴らしい音楽によって、モーツァルトの代表的なオ
ペラになっていると考えている人が多いと思います。実際にこの
オペラは、劇としての意味はよく分からなくても、全編に流れる
優しい、親しみやすい音楽によって、観客として十分な満足感が
得られることは確かです。
『魔笛』の台本作家は、エマヌエル・シカネーダーということ
になっています。しかし、ここまでの分析により、シカネーダー
は、演出は担当したものの、このオペラの真の台本作家ではない
のではないかと考えられるのです。
なぜなら、『魔笛』では、明らかに台本も音楽もフリーメーソ
ン結社の通過儀礼を精緻に描いており、これほどの内容の台本を
シカネーダーに書けるはずがないからです。確かにシカネーダー
は、一時期フリーメーソンであったことがありますが、熱心な会
員ではなく、「職人」以上の位階に昇進できなかったのです。そ
の後、日頃の行いが良くないという理由で、レーゲンスブルグの
彼のロッジ「3つ鍵カール」から破門されているのです。そうい
う男が、これほどの精緻な台本を書けるはずがないのです。
それなら、一体誰が『魔笛』の台本を書いたのでしょうか。
確証はないものの、情報を総合すると、イグナーツ・フォン・
ボルンの指導を受けたモーツァルトがあくまで主体となって台本
作りに取り組み、それをシカネーダーやギーゼッケなどがサポー
トしたのではないかと考えられるのです。
モーツァルトは「恩恵」ロッジに籍を置いていたとはいえ、自
分のロッジよりも、フォン・ボルンが主宰する同系統の「真の調
和」ロッジの方に熱心に出席しており、フォン・ボルンの影響を
大きく受けていたのです。したがって、『魔笛』の制作に当たっ
て、モーツァルトがフォン・ボルンの指導を受けたという可能性
は十分あるのです。
この台本の解釈を巡って、演出上大きな間違いも出てくるので
す。確証がないのであえて名前を伏せますが、ある高名な指揮者
――音楽ファンでなくても誰でも知っている高名な指揮者は『魔
笛』の演出に当たって、「3人の童子」を「3人の精霊」と解釈
し、舞台上も女性に演じさせています。しかし、これは大きな間
違いということになります。
確かに「3人の童子」は女声で歌われることが多いのですが、
舞台に出てくるときはあくまで男の子の格好をしていなければな
らないのです。なぜなら、「3人の童子」は、ザラストロ側の人
間であり、通過儀礼において一定の役割を果たしているのであっ
て、必ず男性でなければならない――その理由は既に述べた通り
です。しかるに、その高名な指揮者は、そういうことについて、
全く意を払っていないのです。
1791年9月30日、『魔笛』は初演されています。その初
演を観る機会を持った観客は、その比類のない音楽の美しさとモ
チーフの豊富さに、それまでのモーツァルトの作品とは違った感
動を示したといいます。それは「熱狂」と呼ぶにふさわしい反応
示したのです。
上演のたびごとにその熱狂さは増大し、このオペラは、初演以
来16晩連続して上演されたのです。モーツァルトは、最初の3
晩は指揮をとったのですが、そのときモーツァルトの身体はかな
り弱っていて、モーツァルトの弟子のジュスマイヤーが横に座っ
て譜面をめくっていたといいます。
初演の日、観客は喝采の嵐のなかで、モーツァルトを熱心に呼
び求めたのですが、一向に姿をあらわさなかったというのです。
シカネーダーとジュスマイヤーは、劇場中を探して、隠れている
モーツァルトを探して舞台に立たせたといわれます。
結局、『魔笛』は、1791年10月は24回上演されており
その売り上げ総額は、8443フローリンを計上したといわれて
います。入場料も安く、劇場も狭かったにもかかわらずこの額は
当時としては信じられない額であったのです。
しかし、『魔笛』では、モーツァルトに大した収益はもたらさ
なかったのです。それは、シカネーダーがモーツァルトに約束の
謝礼金を支払わなかったからです。当時は、作曲家よりも劇場の
支配人の方が力は強かったからです。
本来は他の劇場にスコアを売るときは、それはモーツァルトの
収入になるはずだったのに、シカネーダーはその約束を破り、約
束の金を払わなかったのです。
映画『アマデウス』では、『魔笛』の初演の演奏の最中にモー
ツァルトが倒れた設定になっていますが、実際はそうではなく、
初演以来の上演のたびに、『魔笛』が人気を集めつつあったとき
モーツァルトは、もはや寝床から起き上がるのは困難になりつつ
あったのです。
そういうときでも、モーツァルトは『魔笛』の公演は気になっ
ていたらしく、ベットでしきりと時計を見ては、「ちょうど夜の
女王が出てくる時刻だ」などとつぶやいていたというのです。そ
れほど、モーツァルトにとってこのオペラは、今までのオペラと
は違う特別な思い入れがあったものと考えられます。
『魔笛』に関しては、その解釈を巡って諸説があるため、その
演出は大変難しいのです。それは指揮者や演出家がどれだけこの
オペラを知っているかによって、その演出の出来栄えが大きく異
なってくるからです。
そういう意味で注目されたのは、2005年のザルツブルク音
楽祭での『魔笛』の公演――リッカルド・ムーティの指揮による
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏です。
次の年にモーツァルト生誕250周年を控えているので、意欲
的な演出が注目されたのですが、期待通りのユニークな演出が行
われて話題となっています。グラハム・ヴィックの演出です。
ヴィックの『魔笛』の演出は大方の意表をつくものであり、賛
否両論があります。この演出の詳細については、明日のEJでお
知らせしたいと思います。 ・・・・ [モーツァルト36]
≪画像および関連情報≫
・『レクイエム』と『魔笛』について
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『レクイエム』と『魔笛』のあいだには、いくつかの類似点
がある。アインシュタインは、メーソン的要素が、教会の葬
儀に浸透していただろうと考えている。バセットホルンとト
ロンボーンを演奏する冒頭部『レクイエム』の厳粛な曲の流
れは、オペラの方の厳粛な場面を想起させるし、また、「妙
なるラッパ」のなかのいくつかの言葉は、『魔笛』の言葉に
似ている。
――キャサリン・トムソン著/湯川新/田口孝吉訳
『モーツァルトとフリーメーソン』より。法政大学出版局
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