2012年05月17日

●「ストロスカーン事件の裏にあるもの」(EJ第3302号)

 2008年9月15日のリーマンブラザーズの破綻の翌日に何
が起こったでしょうか。AIGが実質倒産しているのです。その
理由は、AIGがリーマンブラザーズのCDSを大量に引き受け
ていたからです。
 結局AIGは米国政府が救済したのですが、そのとき用意した
金額は20兆円といわれています。しかし、これで問題が解決し
たとは必ずしもいえないのです。オリンパス事件のように、ケイ
マンやバージン諸島などのタックスヘイブンを利用して、飛ばし
をやっている可能性も否定できないからです。
 このとき、米国政府は、非常に巧妙な処理をしています。CD
S契約の一部──総額の1.5 %程度──を執行させ、そのうえ
でAIGを破綻処理しているからです。
 公的資金16兆円を投入して国有化し、「連邦破産法11条」
(日本の民事再生法に該当)を適用して、すべての債権者に債権
放棄とCDS契約の打ち消し──売りと買いの相殺を行い、54
00億円(50億ドル)の損失処理を行ったのです。債権者は、
10の大銀行と証券会社であり、1社当り平均6億ドル(500
億円)の負担で済ませています。
 これは事実上のCDSの債務不履行と同じです。しかし、そう
しないと、米国の金融システム全体が崩壊してしまう事態であっ
たのです。これに対して、今回の欧州危機のEUの対応は実に稚
拙であり、今後のCDS取引に大きな市場の出る事態になってい
るのです。
 そもそも欧州危機が始まったのは、2009年10月からなの
です。ギリシャのパパンドレウ首相(当時)が自らギリシャの財
政粉飾をばらしたのです。その財政粉飾に深くかかわっていたの
が、ゴールドマン・サックスであることもわかったのです。ただ
し、このとき危機はギリシャに限定されていたのです。
 しかし、2011年に入ると、ギリシャだけではなく、PII
GS諸国を中心に国債利回りが上昇して、ソブリンリスクが再燃
したのです。とくにギリシャ危機は焦眉の急を迎えており、早急
な対応が求められたのです。これに対応してEU首脳会議が何回
も開催されたのですが、対応策がまとまらなかったのです。
 欧州の政治家はいわゆる「ヨーロッパ貴族」であり、市場経済
というものをよく理解していなかったのです。したがって、会議
を開いても、問題の本質を掴めず、いたずらに小田原評定を繰り
返すばかりであったのです。
 これに危機感を感じたのは米国財務省です。「ヨーロッパの貴
族は何も決められない。ギリシャ危機をそのままにしておくと、
米国はもとより、世界中に金融危機が拡大してしまう」と考えて
ヨーロッパの政治と経済に介入して、適切な手を打てる体制を構
築しようと米財務省は考えたのです。
 そのためには、ECB(欧州中央銀行)と危機が起きつつある
ギリシャやイタリア政府、それにIMF(国際通貨基金)も影響
下に置くことが必要であったのです。
 その結果、当のギリシャはルーカス・パパデモス首相、イタリ
アはマリオ・モンティ首相、それにECBはマリオ・ドラギ総裁
が就任したのです。この人事は米財務省が主導しており、パパデ
モスと2人のマリオが米国寄りの政治家や銀行家であることにつ
いては、既に述べた通りです。
 問題は、IMFなのです。それまでのユーロ財政は、ECB総
裁のジャン=クロード・トリシェ氏とIMF専務理事のドミニク
・ストロスカーン氏との連携で進められてきたのです。ともにフ
ランスの政治家や銀行家によるフランス主導です。
 ところが、2011年5月に不可解な事件が起こります。5月
14日に訪問先のニューヨーク市において、性的暴行容疑でスト
ロスカーン氏が逮捕されたのです。保釈を要請するも認められず
同市の島全体が刑務所となっているライカーズ島の独房に収容さ
れ、5月18日にはIMF専務理事を辞任しているのです。
 2011年8月22日は、検察は起訴を取り下げています。こ
れにはサルコジ前大統領が動いたという噂もあります。しかし、
原告の女性に民事でも訴えられています。これによってストロス
カーン氏は、2012年のフランス大統領選の有力候補でもあっ
たのですが、大統領選出馬の芽もなくなったのです。
 ストロスカーン氏はヨーロッパの利益を守ろうとしたのですが
米国の利益と合わず、何らかの政治的謀略によってこういう結果
になったものと思われます。まるで欧州の小沢事件です。ストロ
スカーン氏の後任には、クリスティーヌ・ラガルド氏というフラ
ンス女性が就任したのですが、この人も米国寄りの人物です。
 米財務省が愕然としたのは、ギリシャやイタリアの国債破綻リ
スクを取引しているCDSが、実際の国債の売り買いに当る原取
引の3倍から4倍になるという事実だったのです。ギリシャの国
債残高は3500億ユーロであり、その3倍というと、1兆ユー
ロ(約100兆円)に超えるのです
 したがって、もしPIIGSのどれかで破綻が起きると、欧米
の大銀行は連鎖倒産が起きる事態であったのです。そのため、E
CBドラギ総裁を中心とするトリオによって、かなり強引な介入
が行われ、2012年3月8日にひとまず決着がついたというこ
とになります。
 しかし、この米国主導の解決策は、かなり強引なものであり、
今後大きな問題になって跳ね返って来る恐れがあります。実際に
75%の債権カットは無茶苦茶です。しかも、「強制的に」それ
を行うのではなく、「自主的にやれ」というのです。自主的に債
権カットを行うと、それにかけられていたCDSの決済も放棄す
ることになるのです。
 つまり、国債破綻リスクを取引するCDSは、実際上は決済不
能なのです。そうであるのに世の中にはおびただしい数のCDS
契約が存在しているのです。こんなことで欧州危機は収まるので
しょうか。          ── [欧州危機と日本/31]


≪画像および関連情報≫
 ●ストロスカーン事件とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ストロスカーン氏は2012年大統領選挙の社会党有力候補
  で、2011年3月の世論調査ではサルコジ現大統領を上回
  る支持率を得ていたが、5月14日、マンハッタンのホテル
  で女性客室係に対する性的暴行・強姦未遂の疑いで訴えられ
  た。5月15日、ハーレムの警察署から出る手錠姿のカーン
  氏の姿がメディアで流され、フランス中を騒然とさせた。7
  月初め、検察当局が女性側の証言に疑念をいだき、8月22
  日、あっけなく起訴が取り下げられた。同氏は一貫して「同
  意の上での性的接触であった」と主張しているが、女性側は
  民事裁判に提訴している。インタビューでは、ニューヨーク
  検察庁の発表通り、暴行はなかったことを強調する一方、社
  会的に責任ある立場にありながら軽はずみな行動をとったこ
  とに対しては「家族、友人、そして私に期待してくれた国民
  に対してモラル上の過失を犯した、後悔している」と謝罪し
  た。大統領選挙への出馬はしないが、左翼の勝利を願ってい
  ることを表明し、EC諸国の経済危機に関しては説得力のあ
  る分析をし、これからもなんらかの形で社会に貢献していこ
  うという意志を見せた。
    http://webronza.asahi.com/global/2011092000002.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

ドミニク・ストロスカーン氏.jpg
ドミニク・ストロスカーン氏
posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 欧州危機 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
戦争と原発事故は人災の極致である。

すべての武器は何物をも生産せず建設せずただ殺人し破壊するのみ。すべての原発事故は1ワットも発電せずただ汚染し破壊するのみ。
Posted by 東行系 at 2012年05月17日 10:02
憎むべき反人道ユダ金「フロンティアスピリット」

さて、マッカーサーですが「老兵は死なず。消えゆくのみ」という意味不明の妄言で有名です。いずれにしても死ぬまで自分自身を「兵士」すなわち武器を使って殺人することで食べていく、まさに銃で先住民を殺戮し土地を略奪した建国以来の「フロンティアスピリット」の権化であるアメリカ人を自認していたことがこの妄言からはっきりと判ります。

幕末に黒船で日本に大砲を向けて浦賀来航したペリーもアメリカ海軍提督でした。ペリーもまさに「兵士」フロンティアスピリットの塊でした。そのときすでにアメリカ本土で先住民を虐殺し略奪し終わったフロンティアスピリットの止まることのない虐殺略奪欲は、新たな獲物を求めて英仏蘭西諸国が先行侵略していた東洋の大国清へ狙いを付けていたのです。これはペリー艦隊が浦賀へ現れる前に清国沿岸のインドネシア〜フィリピン〜沖縄を回航していたことから判ります。清国から植民地を奪い取ろうとして出撃敵地偵察したが、先行したヨーロッパ勢の軍備が固いのでいったん撤退して、まだ先行国の無い日本を軍事占領略奪して中国大陸侵略の前線補給基地にすることに方針転換したか、最初からその二段構えの戦略をもってアメリカから出撃したのでしょう。それ以外に黒船来航の理由は考えられません。そして大砲を背に「兵士」ペリーが日本へ迫ったのは日本人にアメリカの奴隷になれと言うに等しい不平等条約の締結でした。これが日本に攘夷内乱を引き起こしたのです。結果としてアメリカのフロンティアスピリットは日本人のやまと魂(吉田松陰辞世「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬともとどめおかまし大和魂」)のまえに敗れ去った。

その後アメリカのフロンティアスピリットは日本よりアメリカ本土に近いハワイ諸島に目を付け1898年(明治31年)軍事力で併合すなわち先住民から略奪しています。ペリーが見せたフロンティアスピリットはペリーが消えても死なずアメリカ海軍のなかに変わらず中国大陸侵略を目指して生き続けていた。

そして太平洋戦争が開戦しました。アメリカ海軍は日本機動部隊ハワイ接近を早くから探知していたがハワイ真珠湾太平洋艦隊にはそれを知らせずわざと日本の宣戦布告を受け取らずに「日本軍の宣戦布告前の奇襲攻撃」を演出して対日開戦し、ペリー艦隊出撃以来の中国侵略目的の日本列島殲滅略奪軍事基地化作戦を再開したのです。

マッカーサーがミズーリ艦上降伏文書調印式にペリー時代の星条旗とマッカーサー時代の星条旗の2本の星条旗を掲げて「フロンティアスピリットが大和魂に完勝した」ことを誇示し日本に屈辱を与えたことでそのことがはっきりとわかります。

そして冒頭のマッカーサーの妄言が銃による殺戮と略奪だけで建国された非人道国家アメリカの恥ずべきフロンティアスピリットをそのまま表したものであることもわかるのです。

わたしはヒロヒトや吉田茂を決して憎むことはありませんが、死んでも死なない老兵マッカーサーのフロンティアスピリットは人間として人類として生ある限りその極悪を憎み続け死してもその憎しみは消えることがないであろうと思います。「フロンティアスピリット」がこの世から滅び去るまで。
Posted by 東行系 at 2012年05月18日 01:36
>>密約なしには、安保改定も沖縄返還もなしえなかった事実があります。アメリカ側は何も失わず得るものが多かったのではないでしょうか。<<(ふじふじのフィルターさま)

沖縄返還40周年とのことなので沖縄についてもう少し当時のアメリカ側の考えを推理してみます。

私はペリー以来アメリカが中国侵略征服を狙い続けていて現在もそうだと考えていますし、もちろん敗戦の時もアメリカは中国侵略のために日本を占領したと推理します。

佐藤首相と沖縄返還に合意したのはニクソン大統領です。その前の大統領はニクソンを破ったJFKでした。JFK大統領時代にキューバ危機がありました。キューバの位置はアメリカののど元でありそこから攻撃されればUSAは殲滅されその後に大挙して上陸してくるソ連軍によって自分が先住民に対してしたとおなじ虐殺略奪を受けて奴隷化され滅亡したでしょう。

沖縄の位置も中国に対してのど元の位置にあります。ペリーが回航したとき中国ののど元に位置する諸島のうち琉球王国以南の中国沿岸諸島はすでにヨーロッパ勢に先行支配されていましたが琉球は薩摩の琉球処分で日本の間接支配下にあるのみであった。

ぺりーはこの回航で沖縄に目をつけたことは間違いありません。少しでも軍略を学んだものならだれでも中国ののど元の島を支配すれば中国をたやすく攻めとることができると気づくからです。それで琉球がまだヨーロッパの侵略に先行されていない日本の支配下であることを知って江戸へ黒船の舳先を向けたのでしょう。私がペリーならそうします。

ペリーによる日本占領して本当の狙い沖縄諸島奪取作戦は失敗しましたがその報告を受けたユダ金フロンティアスピリットはその後もずっとハワイを占領しながら沖縄諸島を手に入れるために牙を研いでいたのです。日本列島本土はユダ金中国侵略フロンティアスピリットにとってはおまけのようなものだったのです。これが明治維新で軍事力で遙かに劣る日本が強国アメリカとの不平等条約を解消できた本当の理由であり、サンフランシスコ講和条約でマッカーサーの手で沖縄が日本国領土から切り離された本当の理由です。

アメリカはとにかく沖縄をハワイのように完全に全島米軍の軍事基地化したいのです。中国を征服するというペリー以来の目的を達成するために。岸佐藤兄弟によって密約が表面化されアメリカが軍政統治していた沖縄が国際関係の表面上返還されても、岸時代の安保改正に地位協定を条文操作して治外法権を温存させた工作と核抜き返還に密約で抜け道を作った工作を施して、返還後も地位協定治外法権で沖縄住民を虐殺全島略奪する計画を着々と進めているのです。

太平洋戦争開戦は中国ののど元に位置する沖縄諸島を先住民虐殺奪取して更地に米軍中国侵略部隊の最前線基地を作るという目的ひとつのためだけが理由で開戦した。
これが米軍が沖縄戦で沖縄へ原爆投下しなかった第一の理由であり、沖縄に原発を作らせない第一の理由でもあるのです。そしてそのことが米軍の地位協定が対中国侵略戦争のためにだけ温存されていることの証拠になります。

昭和天皇も吉田茂も二人とも同じように敵も己も知らぬまま戦に臨んでそれぞれが別々の戦場で同じように日本人を裏切った哀れな愚か者たちだったのです。
Posted by 東行系 at 2012年05月18日 21:57
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。