2006年11月06日

タミーノとパミーナの火と水の試練(EJ1955号)

 タミーノとパミーナについては、大地の試練と空気の試練は既
にクリアしています。しかし、パミーナは女性であることなどか
ら、タミーノと同じ試練の方法ではなく、別バージョンとなって
おり、本人はそうと意識していないのです。
 彼らに残っているのは、火と水の試練です。タミーノはその試
練を受け入れ、挑戦しようとしますが、パミーナは命令も許可も
受けていないので、その心構えはできていないのです。そのため
自分に背を向けてしまうタミーノに対して絶望感を抱いて自殺し
ようとします。
 それを引きとめたのは、3人の童子なのです。短刀で自殺しよ
うとするパミーナに対して次のようにいうのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 おお、不幸な人よ、おやめなさい。あなたの王子さまがこれを
 見たら、悲しみのあまり死んでしまいますよ。彼はあなただけ
 を愛しているのですから。         ――3人の童子
―――――――――――――――――――――――――――――
 3人の童子のこのことばを聞いて、パミーナは愕然とし、生気
を取り戻すのです。そして、3人の童子はパミーナをタミーノの
ところに連れていくのです。
 場面は変わって、タミーノに対する火と水の試練の現場です。
突如として2人の鎧を着た男が登場します。闇の中で黒い鎧を着
て、兜の上には火が燃えている――あるいは手に松明を持って登
場してくるのです。そして、男たちは次のように歌うのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   苦難に満ちたこの道をたどる者は、
   火、水、空気、土によって浄められる
   死の恐怖に打ち勝つことができるならば
   この地上から天界に舞い上がるであろう
   かくて、その者は心の目を開かれ、イシスの秘儀に
   全身を捧げることができるであろう
―――――――――――――――――――――――――――――
 「兜の上で火が燃えている」――不思議な兜ですが、モリエー
ルの「町人貴族」にも、この奇怪な兜――ここでは兜ではなく帽
子であるが――が登場します。第4幕第8場で、トルコ風儀式が
行われるのですが、そこに登場する回教僧のターバンの上には、
火のついたローソクが立ててあるのです。これも明らかに宗教的
な結社の儀式と思われます。
 2人の男は、要するに「火」と「水」の番人なのですが、彼ら
の歌は、ルター派教会の讃美歌「コラール」の旋律で歌われてい
る点に留意する必要があります。特定の宗教に依存しないはずの
フリーメーソンの儀礼において、なぜ、コラールが出てくるので
しょうか。これはモーツァルト音楽の音楽的装飾の領域における
謎とされているのです。
 ちなみに、コラールのメロディーは多くの場合単純で、歌うの
が容易なのです。それらは一般に韻を踏んだ詞を持つ、有節形式
(歌詞に1番、2番があること)です。初期のコラールの歌詞と
音楽は宗教改革以前の賛美歌や世俗歌からとられたのですが、い
くつかのコラールの旋律はマルティン・ルター自身によって書か
れたものもあるということです。
 さて、タミーノが「私のために恐怖の門を開け」と歌い、火と
水の試練への一歩を踏み出そうとしたとき、パミーナの声が聞こ
えてくるのです。彼女はタミーノと危険を共にしたいと願い出て
許されたのです。
 ここで重要なことは、パミーナが、自分が試練に立ち向かって
いることを認識している点です。それは女性がその資格において
入信式の試練を受ける許可を正式に受けていることを意味するか
らです。2人の鎧を着た男とタミーノの三重唱のかたちでパミー
ナがタミーノと一緒に火と水の試練を受けることが次のように歌
われるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   夜も死も恐れない女は、尊敬に値し、清められよう
―――――――――――――――――――――――――――――
 女性とフリーメーソン結社との関係については改めて述べるが
女性は正式には「火(男)」と「水(女)」――夫婦の2つの元
素によってしか清められることはないのです。しかし、パミーナ
は、既に見てきたように、本人はそれを認識していなかったもの
の、他の2つの元素「大地」と「空気」の試練を結果としてクリ
アしているのです。タミーナは、この三重唱によってはじめて、
夜の王国の女としての侮辱から解放されたことになるわけです。
 ここでパミーナはタミーノに魔法の笛を吹くよう進言するので
す。そして、実際に火と水の試練は、2人がそれを受けている間
タミーノの吹く笛の音色が響いているだけで終るのです。試練の
中身は何も明らかにされないのです。
 ジャック・シャイエは、魔法の笛について、次のように述べて
いるので、ご紹介しましょう。
―――――――――――――――――――――――――――――
 魔法の「笛」の存在は、この試練に新たな広がりをあたえてい
 る。この試練は、もはやたんに一定のプログラムの成就ではな
 く、一つの縮図であり、総括である。つまり、「笛」は、その
 中に4大元素を凝縮しているだけでなく、タミーノ(火)がパ
 ミーナ(水)を伴って、「大地」の奥に入り、そこで彼ら自身
 のシンボルである2つの元素「男」と「女」に直面するのは、
 その笛に息(空気)を吹き込むことによってである。
      ――ジャック・シャイエ著/高橋英郎・藤井康生訳
            『魔笛/秘教オペラ』より。白水社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 音楽は神々の言葉を借りたものという考え方があり、笛は音楽
の魔術的な力を意味しています。そうであるとすると、このオペ
ラの題名はやはり『魔笛』なのです。―  [モーツァルト33]


≪画像および関連情報≫
 ・タミーノとパパゲーノの火と水の試練の音楽
  ―――――――――――――――――――――――――――
  宗教的金属楽器のわずかな珍しい和音――ティンパニーがた
  だちにこれはこだまの反響のように弱音で答えている――に
  かろうじて支えられて、魔法の笛は、技巧をいっさい排除し
  た厳粛な行進曲として鳴り響く。その間に、火山の門が左右
  に開き、次いでカップルの背後から閉じられる。われわれは
  試練には立ち会わない――このように秘密である――、そし
て音楽のなかでそれを強調するものは何もない。魔法の笛だ
  けが冷静に行進曲を続ける。やがて(演劇的慣習からすれば
  少し早すぎるが)、パミーナとタミーノが再び現われ、抱擁
  し合って舞台中央にとどまる。そのとき、笛の音が止み、オ
  ーケストラが再び鳴りはじめる。
      ――ジャック・シャイエ著/高橋英郎・藤井康生訳
            『魔笛/秘教オペラ』より。白水社刊
  ―――――――――――――――――――――――――――

1955号.jpg
posted by 平野 浩 at 06:40| Comment(0) | TrackBack(0) | モーツァルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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