まり、「試練」は、あくまでタミーノとパミーナを中心に描かれ
ており、パパゲーノとパパゲーナのそれはどちらかというと狂言
まわし的に表現されています。
しかし、狂言まわしといっても、そこに原則論的なものは貫か
れていて、ちゃんと説明がつくのです。そこで、パパゲーノによ
る「水の試練」について見ていくことにします。
タミーノが空気の試練を受けているとき、パパゲーノもその場
にいたのです。しかし、パパゲーノは、3人の童子が運んできた
ご馳走をたらふく食べ、試練に背を向けています。パパゲーノは
喉の渇きを訴えると、水差しを持った老婆がどこからともなく忽
然とあらわれるのです。
パパゲーノは水が出てきたことに腹を立て、その水を老婆に浴
びせます。実はパパゲーノは葡萄酒しか飲まないので、水を屈辱
的な飲み物と考えており、飲むことを拒絶したわけです。
しかし、「水」は女性のシンボルであり、パパゲーノはこれを
拒否してしまったので、彼はカップルを構成する機会を逸したこ
とになるのです。
一方、パパゲーナの方は、パパゲーノから水を浴びせられたこ
とによって、結果として洗礼を施こされることになったのです。
これは、彼女にとっては、不完全ながら水の試練を受けたことに
なり、それだけパパゲーナはパパゲーノに近づきやすくなったこ
とを意味しています。しかし、試練が十分でないので、老婆のか
たちは変わらないのです。もちろんパパゲーノは、そんなことは
知らないでいるのです。
しかし、パパゲーノは一回だけ老婆の姿でないパパゲーナを見
る機会があります。それはパパゲーノが大地の試練に失敗したと
き、弁者が登場し、パパゲーノの臆病さを責めたのです。「お前
は大地の暗い奥底を永遠にさまようがよい」と僧侶がいうと、パ
パゲーノは、「そんなことはどうでもよい。葡萄酒を飲ませてく
れ」とせがみます。僧侶は「それなら、飲ませてあげよう」とい
うと、大地から大きな葡萄酒があらわれたのです。パパゲーノは
われを忘れて葡萄酒を飲むのです。
これはかたちを変えた大地の試練なのです。葡萄酒は「母なる
大地」の生産物のシンボルであるからです。興に乗ったパパゲー
ノは、夜の女王からもらった鈴――グロッケンシュピールを鳴ら
して有名なアリア――「かわいい娘か女房が」を歌います。
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可愛い娘か女房が
欲しゅうてならぬ、パパゲーノは
おお、そんなにやさしい小鳩がいたら
さぞやおいらは楽しかろ!
飲むもの、食うもの、みなうまく
位でいえばお殿様
賢者のように満ち足りて
極楽浄土にいる気持
かわいい娘か女房か
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この鈴の音を聞いて、小さな老婆が杖で大地を叩いて踊りなが
ら登場します。彼女は可愛いらしく、空気のように軽快なパパゲ
ーナの姿になっているのです。ジャック・シャイエによると、こ
れは葡萄酒の力によって幻覚として老婆がパパゲーナの姿になっ
ていると解説しています。
その証拠にパパゲーノがわれを忘れてパパゲーナに抱きつこう
とすると、僧侶が中に入って2人を引き離します。試練が完了し
ていない――つまり、空気の試練が終わっていないというわけで
す。パパゲーノは絶望のあまり絶叫します。
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たとえ大地に飲み込まれても、あの娘のあとを追ってやる
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そうすると、たちまち大地がパパゲーノの足元から崩れ、彼は
地中に飲み込まれます。これによって、パパゲーノの大地の試練
は終了したのです。
すっかり、絶望したパパゲーノは、首をつって自殺しようとし
ます。このとき、モーツァルトは喜劇の軽やかな調子を離れるこ
となく、苦悩の音楽を表現することに成功しています。オーケス
トラの激しい動き、多様な転調、短調の軽いタッチなどを駆使し
てです。パパゲーノの悲しさ、絶望感がよく出ています。
彼は首吊りを実行に移そうとして、若干時間稼ぎをします。誰
かが引き止めてくれると考えたからです。
しかし、誰も引き止めてくれないので、今度は5つの連続音の
出る小さな笛を何回も吹きます。これがよかったのです。笛は通
風楽器であり、タミーノの笛と同様に空気の試練の道具として機
能したからです。
その効果はてきめんで、3人の童子はパパゲーノに呼びかけま
す。「パパゲーノ!鈴を鳴らしてごらん!」と。楽曲ナンバーの
21−Cです。鈴の音に誘導されて、老婆の姿でないパパゲーナ
が登場します。そして2人で歌われるのが、「パ・パ・パの二重
唱」といわれるナンバーです。
この二重唱について、ジャック・シャイエは次のように書いて
います。本当に心温まる二重唱です。
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無邪気でありながら非常に面白いこの有名な二重唱は、最も近
いカデンツの和音からはみ出すことなく、また3つの区分のど
の肉声でも転調することなく、130小節にわたってその面白
さを保つという離れ業をやってのける。
――ジャック・シャイエ著/高橋英郎・藤井康生訳
『魔笛/秘教オペラ』より。白水社刊
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次は、火と水の試験です。・・・―― [モーツァルト32]
≪画像および関連情報≫
・通過儀礼による「気絶」について
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いかなる試練も一巡すると人格が完全に変容することになっ
ている。すなわち、未来の選ばれた人は、まず古い生を死に
次いで新しい生に生まれ変わるのである。このような観念は
フリーメーソン結社が位階の称号を授与するたびに、(「知
識」に一歩近づくことを表わしている)採りいれているもの
だが、この結社独自のものではない。キリスト教を含むほと
んどすべての宗教はそのことを知っている。
――ジャック・シャイエ著/高橋英郎・藤井康生訳
『魔笛/秘教オペラ』より。白水社刊
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