2006年10月31日

『気絶による変容』というものがある(EJ1952号)

 フリーメーソンの第3位階「親方」への通過儀礼において「仮
の死」があり、それから目覚めると新しい世界に入ることができ
るというのは、キリストの死と復活を暗示させます。
 『魔笛』において、試練を受ける対象者――タミーノ、パミー
ナ、パパゲーノの3人は、いずれも「仮の死」――気絶を経験し
それが試練を受ける契機となっているのです。
 タミーノは舞台に登場するとすぐ大蛇の前で気絶しています。
これによってタミーノの何かが変容するのです。そして、試練が
ひとつ終わるごとに人格が形成されていくのです。
 はじめて『魔笛』を見たとき、蛇に追いかけられて何らなすこ
となく気絶してしまうような弱い男に、夜の女王が強大なザラス
トロに捕われている娘の救出を依頼する矛盾を感じたものですが
そこに「気絶による変容」という深い意味があったのです。
 それでは、パミーナはどうでしょうか。
 パミーナもタミーノと同様に登場するとすぐ、モノスタトスと
のやりとりの中で気絶しています。その直後にパパゲーノがやっ
てきてパミーナは目覚めるのです。
 興味深いことに、タミーノにしてもパミーナにしても、気絶か
ら目覚めて最初に見る顔――つまり、気絶の変容による新しい生
が見るのはいずれもパパゲーノであるという事実です。
 タミーノの場合は、蛇を退治した3人の侍女であり、パミーナ
の場合はモノスタトスであるのがオペラの流れとしては自然なの
ですが、目を覚まして最初に見たのはあえてパパゲーノになって
います。これについてジャック・シャイエは、これが意味のある
ことであるとして、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 彼らの新しい生が最初に見たものは、消えやすい「空気」の幻
 覚の化身である軽薄で軽率なパパゲーノ以外の何者でもない。
 それは、この最初の変容が感覚的なものでしかなかったからで
 ある。真の愛のより深遠なる叫びがそれに結びつくときに初め
 て、彼らは本当に彼ら自身となるのである。このような愛は彼
 らにはまだ早すぎるので、彼らはその愛の対象それ自体を見つ
 めることができない。そのために、タミーノは肖像画を通して
 バミーナはパパゲーノの話によって、パパゲーノは老婆の醜悪
 な姿でしか、それぞれ愛の対象を知らないのである。彼らが実
 際にお互いの姿を「眺める」ためには、他の試練、他の変容を
 さらに経験する必要がある。
      ――ジャック・シャイエ著/高橋英郎・藤井康生訳
            『魔笛/秘教オペラ』より。白水社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 ここで、『魔笛』というオペラの中で演じられる「試練」につ
いて知る必要があります。「試練」には次の4つがあります。こ
れはフリーメーソンの通過儀礼と密接な関連を持っています。
―――――――――――――――――――――――――――――
           1.大地の試練
           2.空気の試練
           3.水 の試練
           4.火 の試練
―――――――――――――――――――――――――――――
 「大地の試練」は、フリーメーソンのロッジでは、反省の部屋
というところで行われます。志願者は目隠しをされて狭くて暗い
場所に案内されるのです。その部屋には、「V・I・T・R・I
・O・L」という文字が書いてありますが、それは次の意味をあ
らわすラテン語なのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   Visita Interiorem Terrae,Rectificando Invenies
   Occultum Lapidem /大地の内奥を訪れよ、汝正しき
   道を辿りて隠れたる石を見出さん
―――――――――――――――――――――――――――――
 オペラにおいては、タミーノとパパゲーノに対する最初の試練
が行われる地下の場面が反省の部屋であり、そのままのかたちで
再現されています。
 この部屋では徹底した「沈黙」が求められます。沈黙は大地の
試練だけではなく、どの試練でも求められるのですが、試練ごと
にレベルが高くなります。ところで、オペラのこのシーンで観客
たちは「沈黙の試練なのに結構よく喋っているじゃないか」と感
ずるはずです。
 しかし、ここで求められているのは、「男性が女性に対して行
う沈黙」なのです。シャイエによれば、この試練は男性を女性に
対して無感覚にし、男性に女性を警戒するように教えることが目
的であるとしているのです。
 試練では、奈落(大地)から3人の侍女があらわれ、タミーノと
パパゲーノに対して、ザラストロの教団を信じないようけしかけ
執拗に2人に話しかけようとします。これが、ナンバー12の五
重唱なのです。
 タミーノはそれに一切耳をかさないのですが、パパゲーノはそ
れを守りきれないのです。最後に「神聖な敷居が汚されている」
という聖職者たちの合唱が起こり、すさまじい雷鳴が轟きます。
ここでパパゲーノは気絶するのです。パパゲーノは大地の試練に
不合格になりますが、この気絶で確実に一皮むけるのです。
 どうして、タミーノが合格で、パパゲーノが不合格なのかとい
うと、3人の侍女が退散したあとで、タミーノを担当する弁者と
パパゲーノを担当する第2の僧がたいまつを持って登場し、弁者
はタミーノに合格を宣言するのに対し、第2の僧はパパゲーノに
は何もいわないからです。演出による違いはありますが、そうい
うシーンがちゃんと入っているのです。
 試練が終わると、志願者は頭からヴェールをかけられて反省の
部屋から連れ出されます。これは、フリーメーソンの儀礼での目
隠しとまったく同じです。大地の試練以外の試練については、明
日のEJでお話しします。・・・・――  [モーツァルト30]


≪画像および関連情報≫
 ・「反省の部屋」の版画と諸シンボル
  ―――――――――――――――――――――――――――
  添付ファイルの右の図は、『魔笛』の1791年初版台本の
  扉絵であるが、反省の部屋を描いている。左の図は、反省の
  部屋につねに見られる数多くのシンボル――壷、砂時計、伝
  統的な頭蓋骨に代わる斬首像など――のかたわらに「大地の
  内奥」を思わせるシャベルとツルハシがはっきり見られる。
      ――ジャック・シャイエ著/高橋英郎・藤井康生訳
            『魔笛/秘教オペラ』より。白水社刊
  ―――――――――――――――――――――――――――

1952号.jpg
posted by 平野 浩 at 06:53| Comment(0) | TrackBack(0) | モーツァルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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