2012年04月10日

●「ユーロ問題はERM崩壊に重なる」(EJ第3278号)

 ヨーロッパでいま起きている危機は、未知の体験であるのに、
どこかで見たことがある──同志社大学大学院教授の浜矩子氏は
このように近著で書いています。いわゆる「デジャヴェ──既知
感」です。このデジャヴェとは何を意味するのでしょうか。
 このデジャヴェの謎を解くには、EC(ヨーロッパ共同体)の
時代に行われた通貨に関するある制度について知る必要があるの
です。その制度は「EMS」という通貨制度です。
 現在のEU(ヨーロッパ連合)の前身はECですが、12の国
が参加していたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     西ドイツ       イギリス
     ベルギー       アイルランド
     フランス       デンマーク
     イタリア       ギリシャ
     ルクセンブルグ    スペイン
     オランダ       ポルトガル
―――――――――――――――――――――――――――――
 EMSという通貨制度は、主として当時の西ドイツとフランス
両国が考え出したもので、1979年に発足しています。EMS
はERMという通貨体制の為替相場メカニズムを有しています。
やたらと「E」の付く字がたくさん出てきてわかりにくいですが
EMS/ERMは次の略語です。
―――――――――――――――――――――――――――――
      EMS/European Monetary System
      ERM/Exchange Rate Mechanism
―――――――――――――――――――――――――――――
 EMSとは、一種の固定為替制度と考えればよいのです。その
為替相場メカニズムがERMですが、これによってEC域内の通
貨の安定と一体化を実現しようとしたのです。ドイツとフランス
は、この頃から域内通貨の統合を狙っていたのです。
 ERMの最大の特徴は、次の2つの縛りがあることです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 第1の縛り:ERM参加各国が共通尺度で測った自国通貨の
       価値を一定の範囲内に保持する
 第2の縛り:ERM参加各国が他のすべてのERM参加国通
       貨間で一定の範囲内に保持する
―――――――――――――――――――――――――――――
 「第1の縛り」というのは、ECUという共通尺度との関係で
平価を保つのです。ECUは「エキュー」と呼んでいます。例え
ていうと、日本がかつて「1ドル=360円」の平価を保ってい
たのと同じです。これは、ブレトンウッズ体制のさい、日本に対
してこの平価が義務づけられたのです。
 「第2の縛り」は、共通尺度との関係で平価を保つのと同時に
他のすべてのERM参加国の通貨とも通貨の価値を一定レベルに
保つことが求められたものです。これは「1ドル=360円」の
平価を保ちながら、ドイツのマルクやフランスのフランなどとの
間でも為替相場を一定の範囲内に収めるという縛りです。
 この二重の縛りは参加国にとって、守るのがかなり厳しい基準
であったのです。しかし、EC各国はこの体制を続けるなかで、
彼らはある妙案を思いつくのです。これについて、浜矩子氏は次
のように解説しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 その妙案とは、すなわちERMを事実上のドイツ・マルク本位
 制に見立てて、政策運営に当たることだった。要するに、ドイ
 ツ以外のERM諸国が、一様に、ドイツの経済実態に自国経済
 のパフォーマンスを摺り寄せていくことを心がけるようになっ
 たのである。インフレ率も、成長率も、失業率も、金利水準も
 目指すはドイツだ。誰もがそこを目指せば、国々の経済実態が
 次第に同じような動き方をするようになる。連動性が高まれば
 為替関係はおのずと安定する。 ──浜矩子著/朝日新聞出版
      「EUメルトダウン/欧州発 世界がなくなる日」
―――――――――――――――――――――――――――――
 確かに当時の西ドイツの経済は、あらゆる面において堅実で、
お手本にすべき存在──ベストプラクティスであったのです。ド
イツとしては、マルクをECの基軸通貨にしようとしていたので
す。1983年から80年代には、それがますます安定感を見せ
非常にうまくいっていたのです。
 しかし、1990年代になると、状況が一変してしまうことに
なります。しかし、1992年から1993年にかけて大波乱が
起こってしまうのです。
 それは肝心のドイツ・マルクがERMの通貨の中心的存在とし
ての神通力を失ってしまったのが原因です。ドイツに何が起きた
かは明らかです。1989年にベルリンの壁が崩壊し、1990
年10月3日に、東西ドイツが統一されたからです。
 何しろ当時の東ドイツの経済力は、西ドイツの10分の1にも
満たなかったのを統合して統一ドイツ・マルクとしたからです。
こうなると、マルクはもはやERMの中心として機能することは
できなかったのです。
 結局この大混乱によってERMは次のように二分されます。E
RMから離脱せず、平価変更を行わないドイツとベネルックス3
国──ベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、デンマーク、フラ
ンスと、ERM離脱組および平価切り下げを行った国──イギリ
ス、イタリア、スペイン、ポルトガル、アイルランド二分され、
ERMは事実上崩壊したのです。
 つまり、このERM崩壊劇を浜矩子氏は、現在のユーロ危機と
重ね合わせて見てデジャヴェといったのです。もし、そうであっ
たとすると、ユーロはERMと同じ運命をたどるのでしょうか。
引き続き、そのあたりを注意深く見て、分析していきたいと思い
ます。           ─── [欧州危機と日本/07]


≪画像および関連情報≫
 ●「EUメルトダウン/欧州発 世界がなくなる日」書評
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  筆者、浜氏は円高論者として知られていますが、紫色に染め
  た髪、への字型の口といった風貌に特徴がある女性大学院教
  授です。本書表紙にも彼女の写真が掲載されており、目を引
  きます。そんなインパクトに誘われ手に取ってしまった本書
  ですが、内容は、タイトルのごとく、現在の統一通貨EU体
  制の崩壊を、今はなきユーロ登場前のEMSの通貨危機をユ
  ーロ危機のデジャブととして捉え、歴史を振りながら、過去
  との共通性を鑑みながらユーロ崩壊を説明しています。ユー
  ロ統合前の歴史を知らない人にはオススメです。欧州通貨制
  度EMS期に起きた危機と現在のユーロ危機に共通項が多い
  ことに驚かされます。浜氏独特の比喩や表現を用い、堅苦し
  い表現になりがちな経済問題を読者に面白く解説している点
  もおすすめポイントです。以下、要点を要約。
  http://gotomydreams.blog77.fc2.com/blog-entry-366.html
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浜矩子氏の話題の本.jpg
浜 矩子氏の話題の本
posted by 平野 浩 at 02:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州危機 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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