その中でもっともポピュラーなウソをご紹介します。これはコン
スタンツェの第二の夫ニッセンの伝記に書いてあるのです。
当時、シカネーダーは自分の作品が不評で、ひどく落ち込んで
いたというのです。八方塞りだったわけです。そんなとき、シカ
ネーダーはモーツァルトのところにやってきて、自分を救って欲
しいと訴えたのです。以下、ニッセンの伝記から引用します。
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「ぼくが?――どうやって?」
オペラをぼくのために書いてほしい。完璧に今のウィーンの大
衆好みのものを。君ならきっと、玄人を満足させるばかりでは
なく、君の評判も上げられる。ただ、第一にあらゆる階層に共
通する最低限の平均的な好みを満たすように心がけてほしい。
ぼくは台本と舞台装置その他をやるとする。すべては大衆が求
めている今様のものを―――
「よろしい――引き受けた!」
謝礼はいくらあれば?
「何もいらない!さあ、君が助かるように一緒に事を運ぼう。
でも決して利益が全然欲しくないなんて思っていない。総譜を
君に、君だけに上げよう。ただし、他に写譜を取らせないとい
う約束のもとに、いくらでもいいから君が正当と思う額をくれ
たまえ。もしオペラがうまくいったら、総譜を他の劇場に売ろ
う。それがぼくの報酬になる。――」
――H・C・ロビンズ・ランドン/海老沢敏訳
『モーツァルト最後の年1791』より 中央公論新社
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モーツァルトは熱心にオペラに取り組み、オペラは大成功だっ
たのです。数週間後には諸外国の劇場でも上演されるようになっ
たのですが、モーツァルトには何の挨拶もなかったのです。シカ
ネーダーはモーツァルトとの約束を破ったのです。
シカネーダーが裏切ったことを知ったモーツァルトはたったの
一言「恥知らず!」――というと、あとはすっかり忘れてしまっ
たというのです。これがニッセンの伝記における話です。
映画『アマデウス』では、シカネーダーはモーツァルトに話を
持ちかけ、総収入の半分を支払うという約束でモーツァルトを納
得させています。しかし、あくまで成功報酬であり、この段階で
シカネーダーは前金を払っていないのです。
しかし、このときモーツァルトは、ある謎の人物(実はサリエ
リが変装)からレクイエム(鎮魂曲)の作曲依頼を受けており、
かなり高額の前金を受け取っていたのです。それは急ぎの仕事で
あり、完成時には残金を払うという約束です。コンスタンツェは
そのことを知っていたので、シカネーダーの話には終始反対だっ
たのです。お金になるかどうかわからないシカネーダーの話より
レクイエムを完成させて残金を受け取る方が確実性があるからで
す。モーツァルト家はお金に窮していたからです。
しかし、ニッセンの伝記の話も、映画『アマデウス』の話も本
当のこととは思えないのです。モーツァルトがお金に窮していた
ことは確かですが、当時、シカネーダーは経済的には何ら窮して
いなかったからです。
なぜなら、シカネーダーは、手がけた新作オペラが大当たりで
1791年3月までは、ドイツ語の芝居とウィーンの大衆が喜ぶ
「音楽付き芝居/ジングシュピール」の全デパートリーを手がけ
ていたからです。そういうシカネーダーがモーツァルトに成功報
酬でオペラを書いてくれと頼むはずがないのです。
ここではっきりしておくべきことは、『魔笛』というオペラが
フリーメーソンの通過儀礼――イニシエーションを描いた作品で
あるということです。後で述べるようにこのオペラは緻密に組み
立てられており、フリーメーソンのロッジから破門されていると
いわれるシカネーダーが台本を書くにはかなり困難があると思わ
れるからです。
既出の『魔笛/秘教オペラ』の著者、ジャック・シャイエは、
これに関して次のように述べています。
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『魔笛』は、真面目さとフリーメーソン情報の緻密さにおいて
それまでに書かれたあらゆる作品をはるかに凌いでいる。その
真面目さは、場末の劇場の特徴でもなければ、ご承知の通り、
シカネーダー特有の美徳でもなかった。そして、このことにつ
いてのギーゼッケの役割はあまり当てにならないので、この点
については別の力が働いたと考えねばならない。たまたまフォ
ン・ボルンの支援を得たとしても、モーツァルトがその役割を
引き受けたとすれば辻褄が合うように思われる。
――ジャック・シャイエ著/高橋英郎・藤井康生訳
『魔笛/秘教オペラ』より。白水社刊
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ここでいう「真面目さ」とはモーツァルトのそれであり、モー
ツァルトのフリーメーソンに対する「真面目さ」なのです。つま
り、モーツァルトは第3位階の「親方」への入門を許された真面
目な会員であり、とくにフォン・ボルンを心から尊敬していたと
いわれるのです。
そういう意味でこのオペラの骨格はフォン・ボルンが構築し、
そこにギーゼッケが加わったかどうかはわからないものの、何よ
りもモーツァルト自身が台本作りに積極的に関わっていると考え
る方がはるかに自然であると思われるのです。シカネーダーはパ
パゲーノ役を演ずると同時に、オペラの演出を担当した程度であ
り、台本作りには加わっていないものと思われます。
モーツァルトがフォン・ボルンをいかに尊敬していたかについ
ては、モーツァルトが1785年に作曲した『フリーメーソンの
喜び』(K471)によって明らかです。なぜなら、これはフォ
ン・ボルンの栄誉を称えた作品であるからです。ボルンは、皇帝
ヨーゼフ2世にも信頼が厚かったのです。 [モーツァルト24]
≪画像および関連情報≫
・ジャック・シャイエについて
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ジャック・シャイエは、コンセルヴァトワール(国立高等音
楽院)およびソルボンヌ大学の教授を歴任したフランスの音
楽学者で、日本にきたこともある。『バッハの受難曲』『ト
リスタンとイゾルデ』『音楽の四万年』『音楽と記号』など
の著作でも知られている。
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