2006年10月16日

啓蒙思想とフリーメーソン(EJ1941号)

 モーツァルトが活躍した当時の音楽家がどういう扱いを受けて
いたかを示す、音楽家募集の新聞広告があります。
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 近郊の邸宅で召使を募集中、上手なヴァイオリン弾きで、難し
 いピアノ・ソナタに伴奏が付けられる人が望ましい。
      ――キャサリン・トムソン著/湯川新/田口孝吉訳
   『モーツァルトとフリーメーソン』より。法政大学出版局
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 要するに、当時の音楽家の身分は召使なのです。ヴァイオリン
やピアノが弾けて、作曲もできる召使なのです。それは、ヨーゼ
フ・ハイドンについてのキャサリン・トムソン(オーストラリア
の劇作家)の次の記述を読むとよくわかります。
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 ヨーゼフ・ハイドンは、音楽に関心をもち召使に寛容な主人を
 もてたという点では、エステルハージィ侯のもとで幸福であっ
 たけれども、身分は依然として奴婢の召使に等しいものであっ
 た。白いシャツと白い靴下を身にまとい、髪粉をふった鬘をか
 むり、召使用のお仕着せを着て、毎朝、侯に拝謁する義務があ
 った。主人の注文するものはどんなものでも作曲しなければな
 らず、その作品は侯の財産となり、他人に譲渡することは不可
 能だった。宮廷を離れることも許可なしには不可能であり、そ
 の許可も常に与えられるわけではなかった。
           ――キャサリン・トムソンの上掲書より
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 音楽家のこのような身分を考えると、モーツァルトの行動がい
かに革新的であったかがよくわかります。彼はハイドンと同じ時
代の音楽家でありながら、現代のような独立した音楽家を目指し
て行動し、音楽会の開催や、オペラや交響曲などの作曲は、あく
まで皇帝や貴族たちからの依頼を受けて行うというかたちにこだ
わったのです。当時は音楽家という職業がまだ確立していなかっ
たからです。
 したがって、定収入がないと生活に困るので、宮廷音楽家――
それも召使ではなくある程度自由度のある音楽活動ができる地位
をモーツァルトは求めたのです。しかし、そのようなポジション
を得るには、並みの音楽家では不可能であり、それに皇帝がそれ
を認めることが不可欠であったのです。
 モーツァルトが、ここまで述べてきたような音楽活動ができた
のは、彼自身が比類のない天才的な音楽家であったことと、その
天賦の才能を認めた皇帝ヨーゼフ2世の存在があったからです。
ところがその皇帝ヨーゼフ2世は、1790年2月20日に亡く
なってしまい、モーツァルトは最大の理解者であり、最大の後ろ
盾を失うことになるのです。
 専制君主とカトリック教会が君臨する当時の体制は、保守的、
迷信的、前近代的の度を深めつつあり、当時の人々にとって、き
わめて陳腐な体制として映り始めていたのです。そして、こうい
う時代を背景に、フリーメーソンは台頭したのです。
 もともとフリーメーソンは、趣味や音楽を楽しむクラブ的な集
まりであり、居酒屋や宿屋に集って談話、飲酒、食事などを楽し
む親睦クラブに過ぎなかったのです。しかし、そこに集まったの
は貴族や富裕商人、学者、芸術家といった知識階級の人々であっ
たので自然に時代の思想を語ることが多くなっていき、それが啓
蒙思想という時代の潮流に結びついて大きく発展したのです。
 ところで啓蒙思想とは、理性の光または自然の光が、中世的暗
黒を破って人類の進路を照らし出すという考え方であり、啓蒙思
想あるいは啓蒙主義は、進歩の思想とも合理主義であるともいわ
れるのです。ちなみに「啓蒙」の原義は、「光で照らされる」と
いう意味なのです。フリーメーソンは、この啓蒙主義をベースと
して発展したのです。
 やがてフリーメーソンでは、その団体の目的・教義・義務・規
約などを規定する「フリーメーソン憲章」なるものが作られ、明
確なひとつの活動団体を形成していったのですが、当初から政治
的結社になることは自ら否定しており、政治活動は行わなかった
ところに大きな特色があるといえます。
 ところで、フリーメーソンのスローガンは、「自由・平等・友
愛」であり、それがフランス革命のそれと同じであるところから
革命の指導理念になったとよくいわれます。確かにフランス革命
だけではなく、後のアメリカ合衆国独立や日本の明治維新などに
おいてもフリーメーソンの関与が取り沙汰されていますが、それ
はフリーメーソンが、旧体制の打破という啓蒙思想をバックにし
たものであったからです。
 フリーメーソンは宗教ではないのです。それは既存宗教を取り
込むことをしなかったからです。というよりも、宗教は何でもよ
かったのです。といって神の存在を否定したわけではなく、すべ
ての人が同意できる信仰の対象を「宇宙の偉大な建築家」とし、
これは太陽神を意味していたのです。
 このあたりから、初演ベースでいうと、モーツァルトの最後の
オペラになる『魔笛』の話に入っていくのですが、このオペラは
フリーメーソンの思想というものをベースに鑑賞すると、そこに
まったく新しい解釈が生まれてくるのです。
 既出のキャサリン・トムソンは、『魔笛』というオペラについ
て、次のように述べています。
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 『魔笛』で彼は真実と正義と平等のうえにつくられる理想社会
 の空想図(ヴィジョン)を提起しているのだ。このオペラは、
 啓蒙によってそのような社会を成就し、原始人より高度な幸福
 の水準に自己を高めようとする人間の闘いについての寓話物語
 なのである。  ――――キャサリン・トムソンの上掲書より
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 『魔笛』には、さまざまな解釈があり、いまだに定説というも
のはないのです。       ・・・・ [モーツァルト19]


≪画像および関連情報≫
 ・啓明結社の指導者マニュアルより
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  啓蒙とは、自分が何であり、他者が何であり、また、他者が
  何になりうるかを知ることを意味する。・・・他者を援助し
  彼らの喜びをともにすることを意図する。
      ――キャサリン・トムソン著/湯川新/田口孝吉訳
   『モーツァルトとフリーメーソン』より。法政大学出版局
  ―――――――――――――――――――――――――――

1941号.jpg
posted by 平野 浩 at 06:44| Comment(0) | TrackBack(0) | モーツァルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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