2002年04月01日

日本の歌の両端に古関と古賀がいる(EJ831号)

 今日から新年度に入りますが、古関裕而の音楽についても少し
書きましょう。
 藍川由美氏は、「日本の歌」の両極端に位置する作曲家として
古関裕而と古賀政男をあげており、両者の決定的な違いは音階に
あることを指摘しています。
 古関裕而の作風は、10代の頃からリムスキーコルサコフやス
トラビンスキー、シェーンベルクといった作曲家の作品の影響を
強く受けています。古関の音楽は、1オクターブを12分割した
12平均律によって構築され、自在な転調をその特色としており
そういう意味でスタンダードであるといえます。
 これに対して古賀政男の音楽は、日本独特の、あるいはアジア
の伝統的な歌唱法をベースとしています。これは、厳密にいうと
古賀政男の音楽は12平均律で調律された楽器では出せない音で
構成されているといってよいと思います。
 藍川氏の本には、12平均律の音階の振動数と、英国人エリス
が明治初期に測定した日本の音階の振動数を比較する表が載って
いますが、そこには微妙な差があるのです。これは何を意味する
のかというと、12平均律で調律されたピアノで日本の音階を弾
くと、日本人の耳には微妙に狂って聞こえたり、心地よくない響
きになったりすることがあるということです。
 そこで、古賀は、自分で自由に調弦できるギターやマンドリン
などの弦楽器を使って作曲し、ピアノでは出せない音を求めたの
ではないかといわれています。古賀の求めた日本独特の音は三味
線などの日本特有の楽器の音にも通じるのです。
 日本の流行歌の世界では、作曲家自身が歌手に直接節回しを歌
いながら伝授するのが通例となっています。そのため、同じ曲で
も歌手によって歌い方はかなり違ってくることになります。
 とくに古賀の作品の場合、その自筆譜には細かい節回しが16
分音符や3連符などを用いて書き込まれており、古賀はそれを使
って歌手に合わせて歌い方を指導したといわれています。したが
って、流行歌の場合、どこまでが楽譜に書かれていることで、ど
こまでが歌手の個性なのかわからないまでに歌と歌手が一体化し
ていくのです。
 これに対して、「雨のオランダ坂」や「三日月娘」、「君の名
は」や「黒百合の歌」などの流行歌も多く手がけている古関裕而
の方は、あくまで12平均律にのっとって音楽を作り、それをき
ちんと音符に書き、歌手がスコアの通りに歌わないと非常に厳し
かったそうです。それに加えて古関は、オーケストラ・スコアや
パート譜までていねいに書き、その通り演奏するよう求めたとい
われています。
 実は古関がスコアを重視したのは、それなりの理由があるので
す。流行歌の世界では、作曲家が作るのは詞に合わせたメロディ
だけであり、それを基にアレンジャーが曲として仕上げるという
スタイルが定着しているそうです。したがって、楽譜が書けない
作曲家も実際には存在するのです。
 前にも述べたように、古関は流行歌作曲家として一段低く見ら
れていたフシがあり、せっかく古関のオーケストラのスコアがつ
いていても、曲の一部がカットされたり、オーケストラのスコア
全部を他の編曲者がやるという、普通では考えられないような失
礼なことも行われていたようなのです。
 これに関して、藍川由美氏は自著において次のように書いてい
るのです。
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 『しかし、そういった当時の演奏家の限界を知りながらも、古
 関は理想を曲げることなく自らの書法を貫いた。十代の頃から
 常に「世界」を意識していた古関は、きちんとした楽譜さえ残
 しておけば、いつの日か必ず正しく演奏される日が来ることを
 信じられたのであろう。時代や慣習に流されない立派な態度で
 ある。古関の自筆譜に向き合うことで、こうした生きざまに触
 れ、私は流行歌は下品で、芸術歌曲は高級というような思い上
 がった考え方がいかに空虚なものであるか知った』。藍川由美
 著、『これでいいのか、にっぽんのうた』/文春新書)
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 軍歌についてはもう少し続けますが、古関裕而については今回
で終了するので、最後に興味ある情報を提供します。
 よくデパートやレストランなどで、最後に「蛍の光」が演奏さ
れますね。これはただの「蛍の光」の演奏ではなく、ある特定の
楽団のものを使っているケースが多いのです。
 それはユージン・コスマン楽団の演奏による「別れのワルツ」
なのです。この楽団の演奏は、哀愁切々としており、2番はヴァ
イオリン、3番はかなり凝ったアレンジをしています。これを聞
くと例のセリフ「本日はご来店いただきまして、誠にありがとう
ございました。まもなく閉店時間でございます。またのご来店を
・・」が自然に口をついて出るほどです。
 実はこのユージン・コスマン楽団――これは古関裕而をもじっ
た仮の名前なのです。スコットランド民謡「蛍の光」は昭和24
年に公開された米MGM映画『哀愁』に使われたのですが、古関
はこれをベースに独特のアレンジを加え、コロンビアの洋楽盤と
して「別れのワルツ」というタイトルで発売したところ、これが
ロング・セラーとなって今も使われているのです。
 2番に流れる哀愁切々たるヴァイオリンは、一説によると厳本
真理の演奏といわれています。この盤は1956年に廃盤になっ
ているのですが、その後何度も再生盤が作られて現在にいたって
いるのです。
 私は、ユージン・コスマン楽団の原盤とその再録盤、それから
13年前の最新再現盤(コロンビア・シンフォネット演奏)の3
つを持っています。原盤は1953年の録音ですから、さすがに
音は最悪ですが、コロンビア・シンフォネットの再現盤の音は良
好で、古関裕而の編曲の妙を興味深く聴くことができます。
 古関裕而の曲は本人執筆の完璧なスコアが残っているので、再
生するのはきわめてラクなのです。

posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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