2002年03月26日

世界に通用しない特得な日本の歌(EJ827号)

 EJで軍歌のことを取り上げたと思ったら、3月24日の朝日
新聞に軍歌に関する記事が出ました。不思議なものです。
 このたび秘書の不祥事で自民党を離党した加藤紘一氏は、かね
てから自民党の古い体質のことを「若い人のカラオケパーティで
軍歌を歌うようなもの」といっていたそうです。「演歌」といわ
ず「軍歌」といったところが面白いと思うのです。
 加藤氏は、ミスターチルドレンやスピッツなど、若い人に人気
の歌を熱心に覚えることで知られますが、その感覚から自民党の
古い体質を軍歌と表現したものと思います。この表現のしかたで
加藤氏が軍歌を”日本の古き時代のおぞましいもの”というとら
え方をしていることがよくわかります。林氏の考え方とは大きな
差があります。
 「頂点への道/旧来型限界」と題するこの記事は次のように結
んでいます。現在EJで取り上げている軍歌の概念とは関係あり
ませんが、ご紹介しておきます。
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 『自民党の「古い体質」、経世会的な「数と力」。加藤氏はこ
 うした「軍歌」を嫌い、若者の歌を懸命に覚えた。だが、自民
 党の枠の中で頂点を目指した加藤氏の歌は、時代の流れに追い
 越されてしまった。しかもその足元は、金庫番が逮捕に至ると
 いう「軍歌」そのものの世界にむしばまれてもいた』。
 (3月24日付、朝日新聞より)
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 軍歌という歌のジャンルが実は日本しかないということをEJ
で書いたところ、何人かの読者から「意外だ」というメールをい
ただきました。私も最初はそう思ったのですが、どうやらそれは
事実のようです。
 確かにCDでも各国の「行進曲集」というのはあっても軍歌集
はないはずです。「米国軍歌集」とか「ドイツ軍歌集」というの
はないでしょう。それなら、どうして日本だけに軍歌というジャ
ンルがあり、平時には歌わない軍歌が多くあるのでしょうか。
 それは、昨日のEJでも述べたように、量を争う戦争において
質で挑戦しようとした結果なのです。多くの軍歌を作って士気を
鼓舞し、精神的な高揚を図ろうとしたのです。きっとそうせずに
はいられなかったのでしょう。
 そういう意味で『海ゆかば』は、軍歌中の軍歌といえると思い
ます。この歌は、昭和12年10月13日に日本放送教会(NH
K)が「国民唱歌」のラジオ放送を開始したさいに、その第1回
の国民唱歌に選ばれた作品だったのです。
 そして、4年後の昭和16年12月15日に『海ゆかば』を国
歌『君が代』に次ぐ第2の国民歌に指定しています。ちょうどそ
の1週間前の12月8日に日本は米英に対して宣戦布告しており
大東亜戦争がはじまっていたのです。当時ラジオではしきりに、
『君が代』と『海ゆかば』が流されていました。
 とくに『海ゆかば』は、戦死者が出るたびに一種の葬送歌とし
て必ず流されたので、国民に対して非常に多くのインパクトを与
えたのです。たった4行のこの歌が戦意高揚に大きな働きをした
のですが、若い人にはピンとこないでしょう。『海ゆかば』につ
いて林秀彦氏は次のように述べています。
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       『海ゆかば 水漬くかばね
        山ゆかば 草むすかばね
        大君の 辺(へ)にこそ死なめ
        かえりみはせじ』
 『この大伴家持の歌には「戦う」という言葉も「勝つ」という
 言葉もない。中に出てくる「大君」という単語も必ずしも「天
 皇」に置き換えることはない。大切な君でありさえすればよい
 のである。あくまでも象徴であり、抽象であり、非合理な質的
 な発想である。全体としての意味は、君のためならたとえ火の
 中水の中・・・、この身を犠牲にしてもなんの迷いも後悔もな
 いという、まるで恋をしている若者のように心身を捧げんがた
 めの歌である』。(『海ゆかば山ゆかば』より)
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 軍歌はない国でも国歌の歌詞には「戦え」とか「勝て」という
ことばが使われています。フランスの国歌には「血塗られた剣を
引っさげて、皆立ち上がり進め」という激しい言葉が綴られてい
ます。しかし、『海ゆかば』には、「戦え」も「勝て」もないの
です。それでいて当時強い戦意の高揚があったのです。
 大伴家持が生まれたときはわかりませんが、死んだのは785
年のことです。それが1000年以上も過ぎてから五線の楽譜に
移され、少なくとも昭和20年までは歌い継がれたのです。そし
て、多くの日本人がこの歌を歌いながら、祖国への犠牲的精神の
発露として散っていったのです。林氏のいうようにこれは「日本
人の精神史の結晶」というべきものといえます。
 考えてみると、日本の歌は中国や韓国は別として、それ以外の
世界に通用しない独特のものです。それは、歌の持つすべての味
のようなものが、あまりにも独特であるためであると思います。
 日本の歌は洋楽を根として、童謡、演歌、歌謡曲、校歌、応援
歌、映画主題歌というように発展していったのですが、それでい
て、その味わいが一種独特なのです。
 シナトラやプレスリーやビートルズが世界中で通用するように
美空ひばりや石原裕次郎の歌が、なぜ世界に通用しないのでしょ
うか。それが、演歌的な世界というローカル的文化性が原因なの
でしょうか。
 終戦後の日本の教育では、日本の独自性、特異性、特有性とい
うような民族性を強調することは軍国主義に通じるとして、マイ
ナスなイメージとして教えられています。しかし、・・・。日本
という国はそんなに軍国主義的な国だったのでしょうか。むしろ
逆ではないのでしょうか。現在、世界のどの国をとっても軍国主
義でない国などほとんどないのです。

posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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