2006年09月08日

トリニティはマグダラのマリアである(EJ1917号)

 プラトンの哲学に「人間とは洞窟内に鎖でつながれ、手のこん
だ人形芝居を眺めている囚人である」という比喩があります。映
画『マトリックス』を制作したウォシャウスキー兄弟は、どうや
らこの比喩を現実化したものと考えられます。
 『マトリックス』の状況設定はこうなっているのです。未来の
人類は、愚かな核戦争などの影響によって太陽を失い、地表は人
の住めない荒涼たる世界に変わってしまっていたのです。
 その頃の機械はというと、人間の知性とほとんど変わらないレ
ベルに達しており、そのエネルギーは太陽電池から受けていたの
です。しかし、太陽を失ってしまったので、賢い機械は人間をエ
ネルギー源にしようと考えます。
 人間は生体電気を生み出す120ボルト以上のバッテリーにな
り得るのです。地球上の人間を全部接続してしまえば巨大なエネ
ルギーになる――機械たちはそう考えて実行に移したのです。し
かし、人間にそれと気付かれないように、脳に接続されたバイオ
ポートを通じて、人間は現代のわれわれの世界と何も変わらない
仮想現実の世界――マトリックスに住んでいるように錯覚させら
れているのです。ここでは人間は繭状容器に昏睡状態で横たわり
機械にエネルギーを供給し続けるだけという惨めな状況に置かれ
ていたのです。
 しかし、こういう状況から脱出した一部の人類がいるのです。
彼らは暖かさを求めて地球の核近くに地底都市ザイオンを作り、
そこに移り住んで、長い間に相当な規模の人口をかかえるまでに
なっていったのです。
 モーフィアスやトリニティたちは、ザイオンを守って戦う戦士
です。頻繁にマトリックスに出入りして機械たちと壮絶に戦って
きています。その努力によって、機械たちは依然としてザイオン
の所在を正確には把握できないでいます。そこで、機械たちの指
令で動くエージェントは、モーフィアスを捕らえて、自白剤を飲
ませ、ザイオンのコードを聞き出そうとします。そのモーフィア
スをネオとトリニティは一大活劇を演じて救出したことは昨日の
EJで述べた通りです。
 トリニティ――モーフィアス船長の部下でネオとともに機械軍
団と戦う女性の戦士です。この役柄は明らかにマグダラのマリア
そのものです。トリニティはつねにネオと行動を共にし、何かと
彼の身の回りの世話をしています。それでいて、エージェントと
戦うときは滅法強く、男社会にあってひときわ目立つ存在の女性
です。マグダラのマリアもイエスのいつもそばにいて、イエスが
最も信頼していた弟子であったといわれています。
 決定的なことは、トリニティは、ネオがエージェントに撃たれ
て死亡したときそばにいたし、その後ネオが生き返ったときも最
初に気がついたのも彼女なのです。このネオの死をイエスの復活
と考えるとき、トリニティの役柄は明らかにマグダラのマリアそ
のものということになります。
 この「復活」――キリスト教神学の中心ですが、この思想を確
立したのはパウロなのです。これについて、ポール・フォンタナ
は、次のように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「コリント人への第一の手紙」第15章は、新約聖書の中でも
 最も神学的に重要な章だが、ここでパウロは復活――イエスと
 イエスを信じる者の終末における完全な復活――キリスト信仰
 の中心だと語っている。このことがわれわれの議論にとって重
 要なのは、パウロが復活した体をどのように描いたかがわかる
 からだ。パウロは「ソーマ・プニュマティコン」(「コリント
 人への第一の手紙」第15章44節)という謎の言葉を使って
 いるが、「霊のからだ」と訳されている。
 ――グレン・イェフェス編/小川隆ほか訳「『マトリックス』
 完全分析」/ポール・フォンタナ「『マトリックス』のなかに
                 神はいる」より。扶桑社刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 パウロのいう「ソーマ・プニュマティコン」は、学者の間でも
いろいろ議論があるようですが、映画『マトリックス』ではそれ
がどういうものであるかを実際に目にすることができるのです。
 それは、モーテルの303号室でエージェントの拳銃で死ぬ前
のネオと、一度死んで復活した後のネオの違いに注目してみるこ
とによって容易にわかります。
 ゆっくりと起き上がるネオを見て驚く3人のエージェントは、
一斉に銃弾をネオに浴びせます。しかし、銃弾はネオの前ですべ
てストップし、床にバラバラ落ちるだけです。一人のエージェン
トはネオに飛びかかると、ネオは片手を後ろにまわしたままで簡
単に撃退し、逃げるエージェントの身体の中に飛び込んで、内部
から破壊する――エージェントは全く為すすべがないのです。さ
らにスーパーマンさながら空を飛び、人間にとって、電磁パルス
しか攻撃方法のない機械軍団のセンティネルを仮想現実の世界で
あるマトリックスの中でないのに、片手で止めたりするのです。
明らかに復活前とはパワーが異なるのです。
 イエスにしても同じです。復活後のイエスは白く輝き、水の上
を歩いたりしていますが、これが「ソーマ・プニュマティコン」
なのです。「コリント人への第一の手紙」第15章には、次の有
名な一節があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 まかれるときは朽ちるものでも、朽ちないものによみがえり、
 まかれるときには卑しいものでも、栄光あるものによみがえり
 まかれるときには弱いものでも、強いものによみがえる。
   ――「コリント人への第一の手紙」第15章42〜43節
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 復活後のネオは本当に強く、強いもの、栄光あるもの、朽ちな
いものに甦っています。まさに「ソーマ・プニュマティコン」そ
のものです。明らかにネオはイエスを意識して描かれたものであ
ることは確かです。      ・・・・・ [D−コード35]


≪画像および関連情報≫
 ・トリニティという言葉の由来
  ―――――――――――――――――――――――――――
  モーフィアスに信頼を寄せ、ネオを深く愛するサイバー戦士
  トリニティ。その名はキリスト教の、父なる神・子なる神・
  聖霊は元来一体のものという「三位一体」の精神――3つの
  ものが1つに心を合わせることに由来する。
  ―――――――――――――――――――――――――――

1917号.jpg
posted by 平野 浩 at 06:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ダ・ヴィンチ・コード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック