2002年03月25日

軍歌が生み出された背景を探る(EJ826号)

 『海ゆかば山ゆかば』の著者、林秀彦氏は現在オーストラリア
に移住して、海外から日本を見ているのですが、最近の祖国日本
の在りように強い疑問を持っています。
 林氏によると、2001年11月8日のCNNのインターネッ
ト画面には、翻る旭日旗をバックに凛々しく挙手の礼をとってい
る若い日本の“軍人”の写真が載っており、「第二次世界大戦後
日本のトゥループス(軍隊)ははじめて日本の領域から離れる」
という英文のコメントが出ていたそうです。
 記事を読むと、日本の軍隊がどっと押し寄せるという語感があ
り、きっとタリバン側もそう受け取ったのではないかと林氏は、
いっています。それなのに、日本ではこの際に当たって、“武器
使用基準”についてもめていたのです。何と現実離れをした発想
なのでしょうか。それは、「戦争」というものが何もわかってい
ない日本の無残な姿であるといえます。
 林氏が住んでいるオーストラリアのテレビニュースの映像でも
自衛隊の戦車訓練風景の紹介を含め、日本が自分たちの同盟国側
の一員として、戦後初めて武力参加すると決め込んでいるような
報道ぶりであったと林氏はいっています。
 林氏は、日本人は伝統的にデモクラシーならぬ「ブラカシー」
をDNAとして持っているといいます。「ブラカシー」は古い日
本語の「ぶらかし」であり、その意味は次の通りです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「態度をきめかね、曖昧に問題処理を一寸延ばしの先送りに
 する姿勢」――→ ぶらかし
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このブラカシーは、かのペリー艦隊を目の当たりにしても、右
往左往した幕府の対応を見てもいえることです。「テロ対策特別
措置法」に基づく“出兵”などは、ブラカシー法案とそれに基づ
く行動そのものである――と林氏はいっています。
 これは、米国の日本占領政策から続く左翼的日本国家改造計画
の実行部隊である日教組のメンバーが長年にわたってじわじわと
刷り込んでいった日本抹殺プログラムが遂に国民の骨の髄まで浸
透した結果ではないか――と林氏は激白しています。
 林氏は、日本の崩壊は日本が“戦争”ということばをはじめて
使った明治以来の4回の戦争からはじまっているといいます。明
治以来の日本の4回の戦争は、アジアの侵略を実行する欧米の列
強を跳ね除けようとしてはじめた、やむにやまれぬ戦争であった
のですが、そもそも量を争う戦争に質で対抗しようとして日本は
敗れたといえます。
 絶対的な量としての軍事力を向こうに回して、大和魂とか武士
道とか一億一心とかの質で対抗しようとしたのです。軍歌はそう
いう中で生み出されたものですが、林氏は、軍歌は日本の精神的
基盤から生まれた貴重な芸術であるといっています。そして、日
本の芸術について次のようにいっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 『芸術は理屈ではない。情のバイブレーションである。特に日
 本で生まれる芸術は、日本人しか持ちえないと私が確信してい
 る“情波”の一つである。音楽にしても絵画にしても建築にし
 ても、いまは同じ芸術という言葉にくくられても、日本のそれ
 は、他に類型を見ない独特の形と内容を持っている。それは、
 「量」の価値観を排する「質」の追求から生まれている。量の
 美と質の美の違いである』。(林 秀彦著、『海ゆかば山ゆか
 ば』より。PHP研究所刊)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 音楽を例にとると、確かに日本本来の音楽は、西洋のオーケス
トラによる圧倒的な量の芸術ではなく、三味線や尺八などによる
音と音の間の「無音の質」に美を見出す芸術であるといえます。
 軍歌についても貴重な日本的芸術作品であると林氏はいうので
すが、芸術である以上それは強制されたものではなく、すべてが
自発的なものである必要があります。
 現在、60歳以上の世代の人はおそらく軍歌がふつふつと自然
に口をついて出てくるはずですが、それは決して強制されたもの
ではなかったはずです。私自身がそういう世代ですから、それが
強制されたものではないことは確かです。それは、愛国心と歌の
心が自発的に結びついた結果生まれたものなのです。
 そういう意味でかつての軍歌は、学校の応援歌ととてもよく似
ていると思います。なぜなら、学校の応援歌は決して強制される
ものではないからです。
 林氏は、終戦までの日本は、国家自体が芸術作品であったこと
を強調しています。そこに暮らす日本人は一人一人が芸術家であ
り、芸術国家と芸術国民が、非芸術性の化身である戦争に参加し
量を争うべき戦争に質で挑んで敗れ去ったのです。そして、質の
価値が否定されることによって、軍歌は古色蒼然たる使い捨ての
歌として忘れ去られようとしています。
 確かに林氏のいうように、日本の軍歌が芸術作品であることは
国歌『君が代』にしても、準国歌『海ゆかば』にしても、その歌
詞の元が日本の古典、『古今和歌集』や『万葉集』から採られて
いることからもいえると思います。
 ところで、林氏が本のタイトルに付けた『海ゆかば山ゆかば』
の歌の正式な名称は『海ゆかば』というのですが、その歌詞は次
のたったの4行なのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        海ゆかば 水漬く(みずく)屍
        山ゆかば 草むす屍
        大君の 辺(へ)にこそ死なめ
        かえりみはせじ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この歌は、万葉集に収められた大伴家持の長歌の一部に、東京
音楽学校教授の信時潔が曲をつけたものであり、戦時中は国歌の
『君が代』に次ぐ第2の国民歌に指定されていたのです。

826号.jpg
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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