2001年05月14日

ユビキタス化が実現したインターネット(EJ614号)

 最近「ユビキタス」ということばが流行っています。ある証券
会社は4月から「ユビキタス・コンピューティング・ファンド」
という名前の投資信託を売り出しています。「ユビキタス」は、
インターネット社会の将来を形容することばなのですが、今朝は
この「ユビキタス」をテーマとして取り上げます。
 語源からいくと、ユビキタスは「遍在」を意味するラテン語な
のです。
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      ユビキタス=ubiquitous ⇒ 遍在
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 「遍在」ということばの意味は、「同時にいたるところにあま
ねく存在する」ということです。これは「いつでも、どこでも、
だれとでも」ネットワークでつながることを意味します。さきほ
どの新しい投資信託は、ユビキタス・コンピューティングを実現
する企業の株式に重点投資するファンドのことなのです。
 「ユビキタス」というばが登場したのは、最近のことではなく
15年くらい前のことです。それは、米国でインターネットを民
間に開放するときからいわれ出したことばです。簡単にいってし
まうと、インターネットを普及させることによって、いつでも、
どこでも、だれとでも使えるようにしたい――ユビキタスとは、
そういう意味なのです。
 しかし、これには異説があります。はじめはユビキタスではな
く「エーテル」ということばがあったのです。「エーテル」とは
中世の概念であり、天空にはエーテルという仮想的な物質で満た
されていて、だれでもそれを使えると考えられていたのです。
 この「エーテル」は、英語読みで「イーサ(ether)」 となり
ますが、LANの方式である「イーサネット」は、このことばに
由来するのです。イーサネットは、ユビキタスと同じ意味がこめ
られていたのです。
 インターネットの民間開放に当たって米国政府としては、それ
を全世界にまで広げようとは考えていなかったようなのです。む
しろこのさい、米国がネットワークを全部囲い込んでしまおうと
いう考え方に立っていたのです。
 しかし、インターネット開放に携わった研究者や技術者たちは
ネットワークはエーテルと同じで、世界の人々がそれを等しく使
えるようにすべきであると主張して、米国政府の考え方には反対
したのです。そのときからユビキタスということばを使うように
なったといわれます。
 そういう意味でユビキタスは反米国主義であり、それはあわせ
て反IBM主義でもあったのです。当時のコンピュータ業界は、
IBMの独壇場であり、そのIBMの得意とするネットワークの
構築法は、中心にホストという大型コンピュータを置き、そこに
サーバを置いて多くのクライアントをつなぐ方法です。
 しかし、この方法ではユビキタスは実現できないのです。その
ためネットワークそのものがコンピュータであるという発想に基
づき、コンピュータとコンピュータを並列的につないで、くもの
巣型の構造にしたのです。
 そこには、ホストもクライアントもなく、上下関係は一切ない
のです。したがって、通行料もなくなり、政府や大企業が独占す
ることもできない。すべての個人が対等な関係で、だれでもが安
いコストで、世界のどこからでも、それを利用できる、理想的な
ネットワーク、インターネットが完成したのです。研究者や技術
者が目指したユビキタスが本当に実現したのです。
 ところで、この「ユビキタス」をもじって「オヤユビキタス」
ということばが一部で使われるようになっています。いうまでも
なく、「iモード」をはじめとするメールの送受信のできる携帯
電話のことです。
 携帯電話と公衆電話は、ユビキタスと密接な関係があります。
最近公衆電話が目に見えて減ってきています。NTTが公衆電話
を普及させるときに考えたのが、いつでも、どこでも電話できる
環境です。
 もともと、あるマシンを普及させようとするには、次の2つの
方法があるのです。
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 第1の方法 → 至るところに設置する → ユビキタス方式
 第2の方法 → つねにそれを持ち歩く → モバイル 方式
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 第1の方法は、それをいたるところに設置して、いつでもどこ
でも使えるようにする方法であり、これはユビキタス方式に該当
するといえます。公衆電話は、この考え方に立って全国各地のい
たるところに設置されたのです。確かに、どこにでもあれば、い
つでも、どこでも電話をかけることは可能になります。
 これに対して第2の方法は、それを持ち歩く方法です。つまり
モバイル方式であり、電話の例でいえば携帯電話に該当します。
電話機が手のひらに入るほど小さくなり、しかも軽くなると、ど
こへでも持ち歩けるようになり、携帯電話機を持っていれば、い
つでも、どこでも電話をかけることができるわけです。
 つまり、いたるところにそれを置く方式でも、持ち歩く方法で
もユビキタスは実現できるのです。しかし、第2の方法の場合、
携帯電話を持つ人が圧倒的に増えることです。現在「iモード」
の加入者は2200万人、他のキャリアを含めると3500万人
を突破しているのです。これは、日本人の4人に1人以上が持っ
ている計算になります。
 これだけあると、まさに、いつでも、どこでも、だれとでも電
話できるわけで、携帯電話がユビキタスを実現しつつあるといえ
ます。その一方で同じ目的を目指した公衆電話が姿を消しつつあ
るのですから、誠に印象的なことです。
 メールの送受信ができる携帯電話は、携帯本体だけで、それこ
そ親指の操作だけで、インターネットに接続できるという点で、
もっともユビキタス的であるといえます。さらに、それは、ウェ
アラブルへと進化しつつあるのです。

posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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