2011年08月17日

●「静かにしていろ/菅氏の暴言」(EJ第3121号)

 2010年6月2日──菅直人氏は民主党代表に就任すると、
開口一番次のようにいい放っています。
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 国民の不信を招いたのだから、小沢幹事長はしばらく静かにし
 た方が、ご本人、民主党、日本の政治にとっていい
                   ──菅直人民主党代表
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 このとき、小沢氏は未曽有の苦境にあったのです。逮捕された
3人の元秘書は2月に起訴され、小沢氏は起訴こそ免れたものの
4月には第5検察審査会から第1回目の「起訴相当」の議決を受
けたからです。テレビと新聞はここぞとばかり陸山会事件につい
てあることないことを書き立てて、民主党の支持率はその影響を
受けて急落していたのです。参院選の前の民主党の危機です。そ
こで小沢氏はこのタイミングで鳩山首相と共にダブル辞任したの
です。その直後、代表に就任した菅代表の発言がコレなのです。
 この当時、小沢氏は「悪者」のイメージが一段と強くなってお
り、菅氏にこのようにいわれても当然と受け止めた国民は多かっ
たと思います。しかし、これは総理になる人の発言としては、と
んでもない内容なのです。菅氏の発言には、民主党にとって政権
交代の恩人であり、代表経験者でもある同志の小沢氏に対し、一
片の配慮も見せない、思いやりのまったくない冷たい発言であっ
たからです。平野貞夫氏は、菅氏のこの発言に対し、強い怒りを
次のようにぶつけています。
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 これは党内政変であると同時に人格罵倒であり、表現の自由、
 行動の自由を次期内閣総理大臣という最高権力者が制限すると
 いう、小沢氏の人権をないがしろにするような許しがたい発言
 だった。菅新政権の本質、参議院大敗の根源はここにある。私
 の政治の師であり人生の師である故・前尾繁三郎(元衆議院議
 長)は「政治家である前に人間であれ」と遺言した。これは、
 政治家としての駆け引き、手腕以前に、人間としての見識、判
 断力、人格こそが問われるということだ。菅氏、そして幹事長
 に就任した枝野幸男氏に決定的に欠けているのはこうした人間
 としての資質だ。国民は本能的に、しかし鋭くこうした人格の
 高低を見抜くものだ。           ──平野貞夫著
        『日本一新/私たちの国が危ない』/鹿砦社刊
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 2009年に歴史的な政権交代が実現し、鳩山政権が誕生した
のですが、鳩山政権はスムーズな政権の運営ができなかったので
す。しかし、その責任をとって鳩山・小沢両氏は速やかに辞任し
ており、それにより民主党の支持率はV字回復しているのです。
 この事実をもってもわかるように、この菅代表の発言の時点で
は民主党が政権を取ってまだ一年経過していないので、大多数の
国民はこの時点でも民主党を強く支持しており、菅首相に多くの
国民は期待していたのです。
 しかし、菅首相とその取り巻きの反小沢グループはこれを「小
沢切り」の絶好のチャンスとしてとらえ、あからさまに反小沢政
策を取りはじめたのです。菅首相は、民由合併のときから、いつ
かこういう機会がきたら、小沢切りに動くと決めていたようであ
り、これには鳩山氏も同調していたと思われます。
 そこで菅氏が掲げたのは「消費税の増税」──これは「国民の
生活が第一」を理念として掲げる小沢政策、いや、民主党政策の
全否定です。つまり、菅首相は戦略的に小沢氏を葬り去ろうとし
たわけです。まず、陸山会疑惑で政局的に小沢氏を切り、続いて
政策的に小沢氏を退けるというやり方です。
 こういう菅政権のやり方こそが、民主党が参院選で大敗する原
因になったと平野貞夫氏は次のように述べています。
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 小沢切りという政争のために国民に痛みを強いる消費税増税を
 持ち出す、政治家以前に人間としての低劣さに、国民が拒否反
 応を示したのだ。これは、野党各党との舌戦においても如実に
 表れていた。菅氏、枝野氏の発言は、口喧嘩にもなっていない
 レベルのものだった。自分の言論に対する誠実さなど微塵も感
 じられず、問題点を指摘されると屈理屈ではぐらかし、不利に
 なると相手の古傷に指を入れて罵倒し、逆襲する。この様子は
 昭和四十年代の、無秩序に陥り、とにかく相手を潰しさえすれ
 ばよいという大学紛争や、平成七年の過激新興宗教団体広報担
 当の「ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う」という詭弁
 を髣髴とさせ、背筋が凍りつくものだった。
                ──平野貞夫著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 平野貞夫氏は、2010年の参院選で民主党が敗れた決定的原
因は、一人区での「8勝21敗」という事実にあると指摘してい
ます。どうしてこんな差が生じてしまったかです。
 このとき、自民党の政権パートナーであった公明党は、自民党
と共に衆院選でボロ負けしたことにより、自民党との距離を置き
はじめており、その関係はけっしてよくなかったのです。選挙に
おける自公協力も、本部からの指令は、「やれるところはやれば
よい」という程度であったのです。
 しかし、選挙後半に入ると、その自公協力が突然復活するので
す。それはテレビなどで各党首脳の討論が報道されるようになっ
てからのことなのです。菅首相も枝野幹事長も、議論というより
も、理屈で相手をやり込めることが多く、野党の主張に耳を傾け
る度量にまるで欠けていたのです。
 これは菅首相が小沢氏に放った「党のためにも、自分のために
も静かにしていろ!」と恫喝する口舌と何ら変わらないものであ
り、公明党もこんな政党を勝たせるわけにはいかないとして奮起
し、自公協力を復活させたのです。その結果、民主党は一人区で
惨敗を喫したのです。    ── [日本の政治の現況/47]


≪画像および関連情報≫
 ●前尾繁三郎(1905〜1981)について
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  前尾繁三郎──日本の政治家、官僚。宏池会第二代会長。第
  58代衆議院議長。政界有数の読書家、教養人としても知ら
  れ、小学生時代に太平記を読破し、蔵書は和漢、欧米の原書
  など約4万冊と言われ、現在故郷宮津市で前尾文庫として残
  る。芸事も巧みで、小唄は春日流名取りで「春日と繁利」の
  名を持ち、入院中、見舞いに来た宮沢喜一と床でおさらいを
  したり、田中角栄と並んで東横ホールに出演し唄ったことも
  ある。三味線、ハーモニカ、バイオリン、明笛もこなした。
                    ──ウィキペディア
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前尾繁三郎.jpg
前尾 繁三郎氏
posted by 平野 浩 at 04:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の政治の現況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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