2006年08月08日

なせ、イエスは神になったのか(EJ1894号)

 「ダ・ヴィンチ・コード」の映画の中で、おそらく一番分かり
にくいのは、ラングドンとソフィーが逃げ込んだシャトー・ヴィ
レットにおける謎の宗教学者、リー・ティーピングとラングドン
それにソフィーの3人による宗教問答であろうと思われます。し
かし、このシーンが理解できていないと、あとの展開は今ひとつ
消化不良にならざるを得ないのです。
 ローマ皇帝コンスタンティヌスは、ローマ帝国を維持していく
うえで宗教のキリスト教への一本化が不可欠であると判断して、
有名なニケーア公会議を開催したのです。
 リー・ティーピングの邸であるシャトー・ヴィレットにおける
宗教問答の一シーンを台本で再現してみることにします。「リ」
はティーピング、「ラ」はラングドン、「ソ」はソフィーをあら
わします。
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 リ:この会議で、キリスト教のさまざまな宗派が議論を交わし
   評決を行った――どの福音書を正典と認め、どの福音書を
   認めないか。また復活祭の日付や秘蹟の授与をどうするか
   などについて。そしてもちろん、イエスを人間とするかど
   うかについて。
 ソ:よく分からないわ。
 リ:マ・シェリ(お嬢さん)、その時点まで信者の多くはイエ
   スを大預言者だと――影響力に富んだ偉大な人物ではある
   が、あくまでも人間とみなしてきたのだよ。命のある限り
   人間だと。
 ラ:人間だと思っていた信者もいたが、神だと思っていた信者
   もいた。
 ソ:神の子ではないということ?
 リ:甥の甥ですらない。
 ソ:ちょっと待って。投票の結果、イエスが神になったの。
 リ:いいかね。当時は神がどこにでもいた。イエスとは神の力
   を操る人間だったと吹き込み、地上で奇跡を行い、みずか
   ら復活する力を備えていたと宣伝することによって、コン
   スタンティヌスはイエスを人間世界の神に変えた。要する
   にもっと縁の薄い神は追い払ったのだよ。
 ラ:コンスタンティヌスが初めて神にしたんじゃないだろう。
   それを認めただけで、すでに多くの人がそう信じていた。
 リ:揚げ足を取るな。
 ラ:いや、揚げ足じゃない。君は自説に都合のいいように事実
   を解釈している。
 リ:事実は、多数のキリスト教徒にとって、イエスが1日で人
   間から神に変わったんだ。
 ラ:少数のキリスト教徒がイエスは神だという確信を深めたに
   過ぎない。
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 イエスは人間かそれとも神か――この論争において、ラングド
ンが主張している内容はアカデミクスを代表しているといってよ
いと思います。ニケーア公会議において、アリウスとアタナシウ
スの論争が行われたのです。
 アレキサンドリアの神学者で司教のアリウスは、イエスは人間
であり、神ではないと唱えたのです。神は神であり、イエスが神
であるとするのは神への冒とくであるとしたのです。当時キリス
ト教徒の大半はアリウスのように考えていたのです。
 これに対してアタナシウスは、御父と御子は実質的には同じで
あり、イエスは人間ではなく、神であると主張したのです。そし
て、投票の結果、アリウスは敗れ、イエスは神であるというよう
に決まったのです。
 議論させ、そのうえで投票して決めており、民主的な決め方で
ある――多くの学者はそう主張しており、これが定説となってい
るのです。この問題に詳しく、「ダ・ヴィンチ・コード」の研究
家であるダン・バーンスタインは、これに関して次のように述べ
ています。彼もアカデミクス側に立っているようです。
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 ニケーア公会議はアリウス派との論争を完全に収束させたわけ
 でもなく、キリストは神だという教義を押しつけたわけでもな
 い。司教たちは古来の伝統的な信仰をたしかめ合い、救世主た
 るキリストの力を否定しようとする将来の動きに備え、共同戦
 線を張ったにすぎない。
         ――ダン・バースタイン著/沖田樹梨亜・訳
        『ダ・ヴィンチ・コードの「真実」』/竹書房
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 しかし、当時のローマ帝国の状況を考えたとき、宗教の統一が
ローマ帝国の生き残る道であり、その場合、イエスが神であった
方がコンスタンティヌス帝としては都合がよかったのです。した
がって、アタナシウスが勝つように工作をしたことは明らかだろ
うと思います。会議は極めて巧妙に演出されたのです。
 その証拠にアリウスが敗れると、コンスタンティヌス帝は「イ
エスは神である」という教義を否定する発言を許さず、違反者は
異端として逮捕し、処刑したのです。また、教義に合わない多く
の文書が正典から外され、それらに「グノーシス的」というレッ
テルを貼って、処分していったのです。
 映画でリー・ティテーピングがいうように、コンスタンティヌ
ス帝はキリスト教の守護者として崇められているが、実は太陽信
仰を最後まで捨てず、死ぬ間際に洗礼を受けさせられたといわれ
ているのです。キリスト教をローマ帝国の正教にしたのは、あく
まで帝国を維持するための手段だったということが、そのことか
らもわかると思います。
 それ以降、レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめとする芸術家た
ちは何とかして後世に真実を伝えようとして、自分の作品に謎と
してメッセージを伝えようと試みたのです。異端とされるのを恐
れたからです。        ・・・・・ [D−コード12]


≪画像および関連情報≫
 ・アリウス派とは何か
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  アレクサンドリアの司祭アリウス(250頃〜336)によ
  り唱えられたキリスト論に組みする一派。アリウスは,聖父
  の神性を重視し,〈神のみは始まりをもたずに存在する〉と
  いう立場から,聖子キリストは父なる神の被造物である,と
  聖子の人性を強調した“聖子従属説”を主張し,アレクサン
  ドリア司教アレクサンドロスによって,321年に破門され
  た。そこで有力な教会政治家ニコメディア司教エウセビオス
  に助けを求めたので,教会全体を巻き込む論争になった。皇
  帝コンスタンティヌスは調停を試み,325年にニケーア公
  会議を召集,アリウスとその同調者の破門を決定,アリウス
  らは追放された。
     http://www.tabiken.com/history/doc/A/A233C100.HTM
  ―――――――――――――――――――――――――――

1894号.jpg
posted by 平野 浩 at 06:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ダ・ヴィンチ・コード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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