2006年08月07日

ソニエールはなぜ大金を得たのか(EJ1893号)

 ベランジェ・ソニエール神父の話を続けます。教会の改装が終
わっても彼はどんどん出費を続けたのです。何となく異様なマグ
ダラ塔を建て、中に豪華な図書館を作り、オレンジ栽培の温室や
動物園まで作ったのです。陶磁器や織物、骨董品を収集して飾り
たて、教区民を豪華な晩餐会を招くなど、贅沢のきわみを尽くし
たのです。
 このソニエールの教会改装にはさらに不思議なことがあるので
す。それは「22」という数字です。マーティン・ランの本から
その部分を引用します。
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 ソニエールの改装に関連して22という数字が登場する回数は
 偶然にしては多すぎる。なにしろ、それは彼の暗号の一つだっ
 たのだ。マグダラ塔には屋根へつながる22の階段があり、頂
 上は22の凸壁で囲まれている。<ガラスの塔>の下には、侵
 入不可能な地下室へと続く22段の階段があり、庭には11段
 の階段が2組設置されている。墓地の門に据えられた、頭蓋骨
 の下に大腿骨を十字に組み合わせたどくろはテンプルとメーソ
 ン主義を象徴するが、これには22本の歯がある。教会に刻ま
 れた言葉には、22文字になるよう故意に綴り間違えたものも
 ある。22枚で成り立っているタロットの大アルカナカード、
 22の文字があるヘブライ語の神秘的アルファベットとの関連
 性は定かでない。   ――マーティン・ラン著/秋宗れい訳
        「ダ・ヴィンチ・コード・デコーデッド」より
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 この「22」はオカルティックが数字ですが、ソニエールが何
を意図したものかはわかっておりません。しかし、「頭蓋骨の下
に大腿骨を十字に組み合わせたどくろ」については、明らかにテ
ンプル騎士団に関係があります。このマークはテンプル騎士団の
船団の旗に描かれているもので、海賊船のマークとして知られて
います。しかし、テンプル騎士団の場合は正確にいうと「頭蓋骨
と交差大腿骨」です。いずれにせよ、ソニエールが明らかに何か
の基準にしたがって教会を改装し、マグダラ塔を建てたのは明ら
かであると思われます。
 それにしてもソニエールは、こうしたことを可能にした莫大な
資金をどのようにして手に入れたのでしょうか。パリに行って、
カトリック教会の聖職者に会ってから、急に金持ちになったので
すから、ヴァチカンが何か関与していることは明らかです。
 この話ととてもよく似ているのは、EJ第1843号で述べた
テンプル騎士団の初代総長であるユーグ・ド・パヤンスがソロモ
ン神殿の跡地で何かを発見し、それを教皇ホノリウスに示してか
ら急にテンプル騎士団はヴァチカンの特別待遇になり、莫大な資
金を手にしたという話です。
 関係ないとは思いますが、似たような話はオプス・デイにもい
えるのです。オプス・デイが聖パウロ2世から特別待遇の「属人
区」の指定を受けている件です。どうして教皇はオプス・デイに
対してそういう特権を与えたのか――これについては、いろいろ
な議論があるのです。
 ダン・ブラウンはあくまでフィクションとしてですが、この話
を「ダ・ヴィンチ・コード」の中で取り上げています。教皇がオ
プス・デイの属人区を取り消すという話にしてです。
 原作での設定では、名前こそ出してはいませんが、聖パウロ2
世に代わった新教皇ベネディクト16世がカトリック教会の改革
の一環としてオプス・デイを属人区から外すということを匂わせ
ています。原作にはこうあります。
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 かつてないほどの急進派である現教皇は、ヴァチカン史上最も
 紛糾した異例のコンクラーベを通じて選出された。教皇は思い
 がけずその座を得たことに気後れするどころか、時を移さずし
 て、キリスト教世界の最高職としての力を見せつけた。枢機卿
 内部にひろがる急進派支持の流れに乗じ、教皇は、みずからの
 使命が「ヴァチカンの教理の若返りと第三千年紀に向けたカト
 リック教会の革新」だと公言している。
             ――ダン・ブラウン著/越前敏弥訳
  『ダ・ヴィンチ・コード(上)』より。角川文庫14157
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 ソニエール神父の話に戻します。ソニエールのやることに知ら
ぬ顔を決め込んでいたカトリック教会は、さすがにこれではまず
いと考えて行動に出たのです。担当のカルカソンヌ司教は、聖物
販売罪でソニエールを告発し、自らの行動について釈明を求めた
のです。しかし、ソニエールはこれを拒否したので、司教は彼の
地位を剥奪してしまいます。
 しかし、ソニエールはその足でヴァチカンに出かけていって直
訴し、地位を奪い返しているのです。まるで、ヴァチカンはソニ
エールに弱みを握られているようです。
 しかし、1917年1月17日、ソニエールは突然の脳卒中で
死亡します。遺書が読み上げられて誰もが驚いたのは、ソニエー
ルは自分のすべての資産を家政婦のマリー・ドナルノに移譲して
いたことです。
 マリー・ドナルノはソニエールから莫大な資産を引き継いだの
ですが、その後も一人で質素に暮らしていたのです。多くの人が
ソニエールが大金を手にしたいきさつを彼女に聞きに訪れたので
すが、彼女は誰にも秘密は明かさなかったのです。
 第2次世界大戦後、フランス政府は新たな通貨を発行し、国民
に対して旧フランを換金するよう求めます。しかし、そのさい、
資金の出所を報告しなければならなかったのです。
 この処置に対し、マリー・ドナルノは出所を明かさず、ベタニ
ア荘の庭で大量の紙幣を燃やしてしまったのです。そのうえで、
家を売却して、そのお金で余生を過ごしたといわれています。そ
して、誰にも秘密を明かさないまま、77歳でソニエールと同じ
脳卒中でこの世を去ったのです。・・・・・ [D−コード11]


≪画像および関連情報≫
 ・レンヌ・ル・シャトー/インフォメーション
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  レンヌ・ル・シャトー/インフォメーションの話によると、
  レンヌ・ル・シャトー村の公式サイトとして次のアドレスが
  用意されている。このサイトではレンヌ・ル・シャトー村の
  全貌を写真で知ることができる興味深いサイトである。
             http://www.rennes-le-chateau.fr/
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1893号.jpg
posted by 平野 浩 at 06:36| Comment(0) | TrackBack(0) | ダ・ヴィンチ・コード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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