2011年08月05日

●「自自公連立からの自由党の離脱」(EJ第3113号)

 2000年4月1日の自民、公明、自由の三党首会談──この
日、自民・公明両党は組んで小沢自由党を連立離脱させる方針で
会談に臨んでいます。小渕首相は党からそれを求められていたの
で、とても悩んでいたといわれます。
 『小沢一郎/嫌われる伝説』の著者、渡辺乾介氏の取材記録か
ら、会談でのやり取りを再現します。「神埼」というのは、神埼
武法公明党代表です。
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 小沢:政策合意を実行する決意とそのスケジュールを示して欲
    しい。
 小渕:今国会では難しい。不可能と言っていいかもしれない。
 神埼:努力したいが、総理と同じだ。
 小沢:そういうことなら、月曜日の全議員懇談会で協議して態
    度を決める。
 神埼:それは連立離脱の発言と理解していいか。
 小沢:月曜日に結論を出すということだ。
 小渕:党に何と言えばいいのか。  ──渡辺乾介著/小学館
              『小沢一郎/嫌われる伝説』より
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 これで事実上自由党の連立離脱が決まったのです。その後9年
にわたって自公連立政権が続くことになります。そして、200
9年の衆院選で、民主党を指揮した小沢一郎氏に自公は敗れるの
です。小沢氏の政治家としての一貫性、粘り強さ、信念に対し、
自民党は再び政権交代を許すことになったのです。
 渡辺乾介氏によると、この3党首会談のあと、小渕首相と小沢
自由党党首は2人だけで、総理執務室で30分ほど話しているの
です。渡辺氏の取材記録を基にして、そのやり取りを再現するこ
とにします。
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 小渕:切り捨てるようなことになってすまんな。こうしなくて
    はならなくてな。俺もどうせ長くない。俺が全部任され
    ていれば、政策も保守新党もみんなできるんだが、俺も
    情けないけれど、任されていないんだ。
 小沢:政策はほどほどにして丸く丸くやればいいということは
    わかっているんですが、この時代、理念を掲げて政策を
    実行しなければならんということで、自由党を結成して
    やってきたものですから。
 小渕:それはわかっちょる。お互い立場があるんだから、しよ
    うがない。今日でケリをつけるよう言われているんだ。
 小沢:申し訳ありませんが、連立を解消しなきゃなりません。
 小渕:しかし、いっちゃん、またやろうな。また話ができるよ
    な。もっとも選挙の後は立場が逆になっているかもしれ
    ないけど・・・。じゃあ、またな。
    ──渡辺乾介著/『小沢一郎/嫌われる伝説』小学館刊
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 2人は握手して別れたそうです。小渕首相はその数時間後に病
変に襲われたのです。小渕、小沢両氏のこの最後のやり取りでも
分かるように、小渕首相は、自分が自民党の幹部の激しい反対に
遭い、小沢氏と約束した合意事項を実現できないことを非常に悩
んでおり、それが原因で脳梗塞になったものと思われます。
 しかし、小沢自由党が自自公連立から離脱するとき、自由党に
残った人たちに浴びせられたのは次の言葉だったのです。
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    小渕首相を病気に追い込んだのは小沢一郎である
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 これはマスコミを使って派手に行われたのです。その中心には
野中広務、神埼武法の両氏がいたのです。このさい、小沢の勢力
を出来る限り削いでおこうという考え方です。
 さらに連立離脱のさい、自民党の工作により、50人いた自由
党議員のうち、26人が引き抜かれ、24人になってしまったの
です。例によってマスコミや評論家は「もう小沢は終り!」とさ
かんに書き立てたのです。小沢氏を排除したいと願うマスコミの
常套手段です。
 このとき自由党を出て行く人に対して小沢氏が「金を分ける」
いい出したのです。このときのことについて、かつての小沢氏の
側近である平野貞夫氏は次のように書いています。
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 このときに、小沢さんは党の金を出て行った人に分けると言っ
 たんです。ぼくが小沢さんに「どの金を分けるんだ」と聞くと
 「政党助成金だ」と言うので、「憲法違反だ」と反対したんで
 す。直近の参議院選挙の比例票、「自由党」と書いてくれた五
 二〇万に対する政党助成金でしょう。自民党に手を突っ込まれ
 て党に離反して出て行く反党行為に出すのはおかしいと。する
 と小沢さんは、「ならば企業団体や個人献金とかほかの金をや
 る。それなら文句ないだろう」と言い出した。でもぼくは「野
 党から与党に行く議員に、党の資金をやるなんて話は民主政治
 の国ならどこにもないですよ」とそれも反対した。小沢さんは
 顔を真っ赤にして怒り、「あんたはこれで何回目だ。理屈を言
 ってぼくの評判を悪くするのは」と言う。結局、残っている人
 たちに聞いて結論を出そうということになった。でも、残って
 いる人たちも「ゼロ回答」だった。     ──平野貞夫著
       『日本一新/私たちの国が危ない!』/鹿砦社刊
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 平野貞夫氏は、これを契機に「小沢は金に汚い」といわれるよ
うになり、それは自分のせいであると述懐しています。平野氏に
よると、小沢氏自身はカネに関しては潔癖なほどきれいてあり、
風評とは違うことを強調しています。それでも2000年6月の
衆院選では比例区において658万票を得て、小沢自由党は党勢
を回復しているのです。   ── [日本の政治の現況/39]


≪画像および関連情報≫
 ●小沢邸で考えたこと/平野貞夫氏
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  元日に小沢邸を訪ねた。昨年は大勢の政治家が押しかけると
  いうことで遠慮したが、今年は「小沢新年会」に顔を出した
  政治家を観察する魂胆があった。国会議員が120名ぐらい
  だったが、昨年の元旦、総選挙直後の160名と比べて遜色
  はなかった、というより、再生民主党の力としては十分だと
  思う。出席者で目立ったのは、海江田万里国務大臣・原口一
  博元総務大臣・細野豪志議員らであった。細野氏は「朝まで
  生テレビ」の元日放映に出演したばかりで眠そうだったが、
  少しの間、番組の話をした。司会の田原総一朗氏の「ソーシ
  ャル・ビジネス」と、細野氏が主張した「新しい公共事業」
  は似て非なるものだ。田原氏には何か企みがあるのではない
  か、と私は問いかけた。
     http://news.livedoor.com/article/detail/5259012/
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平野貞夫氏.jpg
平野 貞夫氏
posted by 平野 浩 at 04:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の政治の現況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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