2011年07月20日

●「マックス・ウェーバーと小沢一郎」(EJ第3101号)

 鳩山政権ができたとき、政権幹部は政権交代の最大の功労者で
おり、与党の幹事長経験も閣僚経験もあるベテランの政治家・小
沢一郎氏を内閣に口を出させない幹事長に押し込み、当の民主党
自身が「脱小沢」をやっているのです。
 その民主党から小沢一郎待望論が出ているのです。土肥隆一衆
院議員(兵庫3区選出・当選7回)というベテランがいます。こ
の人は菅グループの重鎮的存在であり、小沢切りの先頭に立って
いた人です。この土肥隆一議員は最近次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 私は党常任幹事会議長として昨年12月、小沢氏を党員停止処
 分の決定の断を下しました。しかし、今の民主党をまとめ上げ
 挙党一致態勢を築けるのは剛腕の小沢氏以外にない。もっとも
 小沢氏が反小沢派一掃の報復人事をやったらおしまいです。
             ──『サンデー毎日』7/24より
―――――――――――――――――――――――――――――
 この土肥隆一氏の発言は実に身勝手であると思います。困った
ときだけ、小沢氏に頼って政権交代の果実を手にしたにもかかわ
らず、強い疑いのある検審による小沢氏に対する強制起訴には、
仲間であり、党の恩人である小沢氏の味方にならず、党の名誉に
傷つけたとして党員資格停止処分にする。しかし、党が再び危機
に瀕すると、また小沢一郎を頼りにする。こんなことをしていた
のでは、民主党は国民からの信頼は得られないでしょう。
 これとは別の角度から小沢氏の復活を予言しているのは、姜尚
中氏です。姜尚中氏は、石川知裕氏の次の新刊書を読んだ感想を
下敷きにしてかなり内容のあることを語っています。
―――――――――――――――――――――――――――――
         石川知裕著/朝日新聞出版
        『悪党/小沢一郎に仕えて』
―――――――――――――――――――――――――――――
 そのタイトルは「姜尚中が語る/小沢一郎は復活してくる」で
あり、『週刊朝日』(7/22)に掲載された特集です。姜尚中
氏は小沢一郎氏を学者らしく分析しており、大変興味深いので、
少し詳しくご紹介することにします。
 姜尚中氏は、石川知裕氏の著書の第2部第3章の「悪党とウェ
ーバー」が最も興味深いとして次のように述べています。ウェー
バーとは、ドイツの社会学者であり、経済学者であるマックス・
ウェーバーのことです。姜尚中氏は、石川氏の文章を読んで、政
治家としてはかなり精緻にウェーバーを読解していると評価して
次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ウェーバーはドイツの「鉄血宰相」ビスマルクをアンビバレン
 トに解釈しました。ビスマルクは憲政を敷き、旧体制を合法的
 に葬り去った。ウェーバーはそこは評価しましたが、後継者が
 育たず、エピゴーネン(模倣者)が蔓延した点は問題視した。
 結果的には政治を後退させてしまったのです。
             ──『週刊朝日』(7/22)より
―――――――――――――――――――――――――――――
 アンビバレントとは、1つの物事に対し、全く相反する感情、
態度、考えを抱くことをいいます。姜尚中氏は、現在小沢氏の周
辺には多くのエピゴーネン(模倣者)がいますが、石川氏はそう
なっておらず、ウェーバーの目をもって小沢政治をアンビバレン
トに評価していると述べています。
 石川氏は著書で、ウェーバーの『職業としての政治』の次の1
節を取り上げています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 官吏にとっては、自分の上級官庁が・・・自分には間違ってい
 ると思われる命令に固執する場合、それを、命令者の責任にお
 いて誠実かつ正確に・・・執行できることが名誉である。(中
 略)官吏として倫理的にきわめて優れた人間は政治家に向かな
 い人間、とくに政治的な意味で無責任な人間であり、(中略)
 こうした人間が……指導的地位にいていつまでも跡を絶たない
 という状態、これが『官僚政治』と呼ばれているものである。
           ──マックス・ウェーバー著/脇圭平訳
              『職業としての政治』/岩波文庫
―――――――――――――――――――――――――――――
 ここで、ウェーバーが何をいっているのかというと、官僚は政
治的指導者の出す命令が、自分の意思に反するものでも、それに
従うべきであって、そういう意味で官僚は政治をするべきでない
し、巻き込まれてもいけないと述べているのです。
 石川氏はそのひとつの例として、2009年12月に中国の習
近平・国家副主席が来日したさい、小沢氏の申し入れによって天
皇陛下との会見が実現したケースを取り上げています。これに対
して宮内庁の羽毛田信吾長官(当時)は「天皇の政治利用」だと
小沢幹事長に物言いをつけたのです。なぜなら、天皇との会見は
1ヵ月前に申し入れるという慣例(法律ではない)を破ったから
です。石川氏そのとき、小沢幹事長の行為に対し、ウェーバーに
照らして次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 小沢一郎は記者会見でこう反論した。「内閣の一部局の一役人
 が、内閣の方針にどうだこうだ言うなら、辞表を提出した後に
 言うベきだ」。ニュースでは「天皇の政治利用」が論点となっ
 たが、小沢の意図は少し違った。羽毛田氏は厚生労働省から、
 「派遣」された官僚である。官僚は政治家の決定に従わなけれ
 ばならない。それは解釈によって、あるいは政策によって変わ
 らない、政治家の本領(エレメント)である。羽毛田発言に対
 して小沢がこだわった点は、そこだった。  ──石川知裕著
         『悪党/小沢一郎に仕えて』/朝日新聞出版
―――――――――――――――――――――――――――――
              ── [日本の政治の現況/27]


≪画像および関連情報≫
 ●ウェーバーの政治論
  ―――――――――――――――――――――――――――
  政治とは何かについてウェーバーは「自主的におこなわれる
  指導行為」の一切を含むものと述べている。銀行の為替政策
  都市の教育政策、細君の亭主操縦などあらゆる社会現象は政
  治的なものである。ただし以後述べる政治は国家の指導に影
  響するような政治活動に限定する。社会学的な国家とは物理
  的暴力の行使という特殊な手段を有する政治団体であるとい
  うものであり、トロツキーが「すべての国家は暴力の上に基
  礎付けられている」と述べたように、暴力を持たない国家は
  無力である。無論、暴力の行使は平時における通常の国家の
  政治的手段であるわけではない。つまり国家とは域内におい
  て「正当な物理的暴力行使の独占を要求する人間共同体」だ
  と捉えることができる。       ──ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

石川知裕氏.jpg
石川 知裕氏
posted by 平野 浩 at 04:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本の政治の現況 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック