家には疑わしい人物が多い──この考え方は明治時代から国民の
意識に植えつけられているとウォルフレン氏はいいます。
そんなことはないという人がいるかもしれないが、検察の捜査
の手が政治家におよび、その政治家が逮捕でもされると、国民の
多くは喝采する人は多いのです。それは潜在的に「政治家=悪」
であると思っているからであるとウォルフレン氏はいうのです。
ウォルフレン氏は、日本は法治国家であるのに、超法規的な慣
習というものがあるとして、次のように述べています。
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日本の場合、経済や政治上の取り引き、関係性など、現実のな
かで実際に利用されるやり方が、法律によって決められている
わけではないのである。それを決定するのは慣習である。さら
には現状維持をはかる勢力である。ちなみに個人やグループに
みずからの行いを恥じ入らせる「辱め」は、日本の当局が秩序
を維持するために用いる手口のひとつだ。体制を揺るがしかね
ない人間を、辱め、世間の見せしめにすることで、超法規的な
秩序を逸脱すれば、このような仕打ちが待っているとあらゆる
人々に警告するのだ。その陣頭指揮をとるのはもちろん、日本
の検察である。しかも、新聞はそんな彼らを大いに支援してい
る。 ──カレル・ヴァン・ウォルフレン著/井上実訳
『誰が小沢一郎を殺すのか?』/角川書店刊
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このウォルフレン氏のいう「体制を揺るがしかねない人間を、
辱め、世間の見せしめにする」という表現はきわめて重要です。
これはそういう政治家を人物破壊することによって体制(官僚制
度)を守ろうとしているからです。それは、具体的には検察とメ
ディアによって行われるのです。こういう仕組みを歴史的には山
縣有朋が作っていたのです。
ウォルフレン氏は、検察官を「スーパー・ガーディアン」と呼
んでいます。「スーパー・ガーディアン」とは何でしょうか。
ガーディアンとは「見張り人」のことです。統治機構に属する
官僚をはじめとして、自治体の長や政治家は、それぞれの領域に
おいてガーディアンの役割を果たすことが求められており、ガー
ディアンはどこの国にもあるのです。
しかし、そういうガーディアンである官僚や政治家などを見張
るためのガーディアンも必要になります。それをスーパー・ガー
ディアンというのです。
真の民主主義国家では、報道機関もこのスーパーガーディアン
的役割を担うのですが、日本の報道機関はきわめて特殊であり、
その役割を担うどころか権力側についているといえます。そうさ
せているのは、記者クラブの存在です。記者クラブの存在が諸悪
の根源であることは、何度も述べてきているところです。
もともと民主党は「記者クラブの解放」を主張してきた政党な
のです。しかし、政権をとると手のひらを返したように記者クラ
ブを廃止するどころか、温存しています。
ウォルフレン氏は、日本の検察官は多くの日本人にとっては神
聖な存在であり、神に近いとまでいっています。これはオーバー
な表現のように聞こえますが、日本の検察の特殊性を衝いている
鋭い指摘であると思います。
現在検察はあの証拠改竄事件があって、その権威は地に落ちま
したが、ウォルフレン氏は1994年の時点で、日本の検察につ
いて次のように述べています。
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日本の検察官がこのように神聖視されているのは、きわめて残
念なことだ。これは、日本の司法に関する偽りの現実の典型的
な例だからである。実のところ、日本の政治システムが間違っ
ていることを示す最たる例なのだ。あえて言わせてもらえば、
日本の検察官は、民主主義の実現にたいする最後の、そして最
も手強い障害になりかねない。検察官は、社会のスーパー・ガ
ーディアンではない。民主主義を信奉する日本人は、検察官に
喝采するべきではない。司法制度の独立こそが本当の正義と民
主主義の維持を保証する最善の道であると知る者は、検察官を
非難してしかるべきなのだ。
──カレル・ヴァン・ウォルフレン著/鈴木主税訳
『人間を幸福にしない日本というシステム』/OH!文庫
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1996年といえば、特捜部長は熊崎勝彦氏の時代(1996
年〜1998年)です。ロッキード事件、金丸信巨額脱税事件、
ゼネコン汚職事件などで検察が大活躍し、喝采を浴びていた時代
です。この時期にウォルフレン氏はこのような検察批判をしてい
るのです。それは先見性というより、日本の特殊性をウォルフレ
ン氏が見抜いていたというべきでしょう。
ここで官僚サイドに立って考えてみよう。日本の古い慣習を残
し、事実上日本を支配する官僚制度を継続し、死守するために制
度的に政治家が変更できにくい状況を作り、その体制を揺るがし
かねない政治家が出現してきたときは、検察を使ってその政治家
を辱め、世間の見せしめにして政治生命を失わしめるというやり
方をするのです。
さらに長期的には、一定の地位に達した上級官僚を政治家にし
てその者を当選させ、その数を増やし、政治家のなかに官僚を守
る政治家を増やして行き、官僚制度をガードする──その結果、
自民党のような政党ができたといえます。
日本の検察庁は法務省の管理下にあるので、結局は官僚の下僕
なのです。そのため、官僚が強力な政治家に脅威を感じ、危険で
あると判断すると、検察はその政治家を始末する──このように
ウォルフレン氏は述べています。ウォルフレン氏の検察について
の考え方は明日以降のEJでもさらに取り上げていきます。
─── [日本の政治の現況/12]
≪画像および関連情報≫
●検察庁の沿革と組織について
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我が国の近代検察制度は,明治5年8月に司法職務定制が制
定されたことにより始まりましたが,この制度は近代的なフ
ランスの検事制度を採用しながらも,従前の律令系体制下の
弾正台に似た機能を検事に求めたものでありました。明治政
府は,明治6年パリ大学のボアソナード教授を招へいし,本
格的に法律の編さん作業に取り組み,同13年「治罪法」が
制定,同15年から施行しました。この法では国家訴追主義
や起訴独占主義を宣明し,律令系法制の名残が一掃すること
となりましたが,予審制が採用されており,予審判事が直接
証拠収集に当たるというものでした。
http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji_keiji04.html
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熊崎 勝彦氏