2006年06月23日

『死の樹』というものがある(EJ1863号)

 「生命の樹」に関して、どうしても理解しておくべきことがひ
とつ残っています。それは「死の樹」の話です。人生とは、「生
命の樹」を昇ることであると述べましたが、そうしていると、何
かのはずみに別世界に入ってしまうことがあるのです。その別世
界が「死の樹」です。
 その別世界「死の樹」の入り口は、「ケリッポト」と呼ばれる
落とし穴です。光の天使ルシファーは「生命の樹」を順調に昇り
最高位のセフィロト「ケテル」にたどりついた瞬間にケリッポト
に落ちて、「死の樹」に入ってしまったのです。それはカッパー
ラの奥義がわかった瞬間、傲慢になって神を超えようとしたから
であるといわれています。
 「ケリッポト」とは、どういう世界なのでしょうか。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ケリッポトは虚無に満ちており、有益なものは何ひとつ生まな
 い。他人を攻撃することで自分を正当化しようとするが、何も
 得はしない。ただただ虚しさだけが残る。本人はそれを認めた
 くないため、さらに頑なになってしまう。よほどの悔い改めが
 ない限り、彼らが「生命の樹」に戻ることはできない。
                ――飛鳥昭雄/三神たける著
       『失われた堕天使/「ルシファー」の謎』 学研
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 それでは、「死の樹」とは何でしょうか。飛鳥昭雄/三神たけ
る両氏は次のように説明しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「死の樹」の構造は「生命の樹」とまったく同じである。大地
 には「生命の樹」が生えており、その大地を境にして、地下に
 「死の樹」が生えている。両者は、互いに上下左右が正反対の
 関係になっている。ちょうど平面上で「生命の樹」を180度
 ひっくり返せば「死の樹」になる。
          ――飛鳥昭雄/三神たける著、前掲書より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここで重要なのは「上下左右が正反対の関係」という部分なの
です。実は「死の樹」にも三本柱があり、11個のセフィロト、
22本のパスがあるのです。したがって、いきなりケリッポトが
開き、「死の樹」の世界に入っても、本人は気づかないのです。
 「生命の樹」と「死の樹」の関係は、このように説明されても
ちょっとピンとこないものです。そこでやってみる価値のあるこ
とは、紙に書かれている「生命の樹」の左サイドに鏡を立て、さ
らに「生命の樹」の下の部分にも同じことをし、鏡に写った「生
命の樹」を見ることです。それがここでは「死の樹」と考えてお
いてください。
 「死の樹」の世界に入ってしまうと、どうなるのかについては
次の説明があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「生命の樹」から「死の樹」に移っても、本人からすれば何も
 変わったようには見えない。それまでと同じように、「生命の
 樹」を上昇していると錯覚する。「生命の樹」が180度引っ
 繰り返っているのと同じように自分も引っ繰り返っているため
 に、自分では上昇しているように見える。
          ――飛鳥昭雄/三神たける著、前掲書より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここで、「生命の樹」の三本柱のことを思い出していただきた
いと思います。EJ第1856号で述べたように、「生命の樹」
に向かって右が「慈悲の柱」、中央が「均衡の柱」、そして左が
「峻厳の柱」になります。そして、これら3つの柱は次のように
絶対3神をあらわしているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     「慈悲の柱」 ・・・・・ 御子キリスト
     「均衡の柱」 ・・・・・ 御父エロヒム
     「峻厳の柱」 ・・・・・ 聖霊 ルーハ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「生命の樹」を正面から見ると、キリスト、すなわち絶対神ヤ
ハウェは御父エロヒムの右、聖霊ルーハはエロヒムの左になりま
す。この場合、御子イエス・キリストは必ず御父エロヒムの右に
こなければならないのです。これによると、イエスはエロヒムの
右になっているからいいではないかと考えますが、これはちょっ
とおかしいのです。
 というのは、この並び方では、御父エロヒムの側に立って考え
ると、イエスはエロヒムの左になってしまうのです。こういうこ
とは絶対にあり得ないのです。
 イエス・キリストが御父エロヒムの右でなければならないとい
うことについてはさまざまな根拠があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ・主イエスは、弟子たちに話した後、天に上げられ、神の右の
  座に着かれた。――マルコによる福音書
 ・ステファノは聖霊に満たされ、天を見つめ、神の栄光と神の
  右に立っておられるイエスとを見て、「天が開いて、人の子
  が神の右に立っておられるのが見える」と言った。
            ――使徒言行録」第7章55〜56節
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここでいっている「神の右」とは神に向かって右のことではな
いのです。あくまでも神から見て右です。そうすると、「生命の
樹」の3本柱は位置がおかしいということになります。
 ところが「生命の樹」の左に鏡を置き、鏡に写る「生命の樹」
を見ると、「慈悲の柱」と「峻厳の柱」は逆転し、イエスは神の
右になります。ここに鏡像反転が重要な意味を持ってきます。
 ここから、われわれが見ている「生命の樹」は実は「死の樹」
なのではないか――本当の「生命の樹」は鏡像反転したものがそ
うではないかという考え方が出てきます。この謎解きは、来週の
EJで行いたいと思います。     ・・・・[秘密結社37]


≪画像および関連情報≫
 ・「慈悲の柱」と「峻厳の柱」というのか
  ―――――――――――――――――――――――――――
  人の子に言い逆らうものは赦される。しかし、聖霊に言い逆
  らう者は、この世でも後の世でも赦されることはない。
                  ――マタイによる福音書
  ―――――――――――――――――――――――――――
  聖霊は厳しい。正義の味方なのである。イエス・キリストを
  冒とくしても、慈悲によって赦されるが、聖霊を冒とくすれ
  ば峻厳によって正義が貫かれ、契約通り罪を要求される。し
  たがって、「生命の樹」を昇るさいも「峻厳の柱」に属する
  セフィロトを通るときは十分注意する必要がある。

1863号.jpg
posted by 平野 浩 at 06:17| Comment(1) | TrackBack(0) | 秘密結社の謎と真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
分かりやすい説明でよくわかりました。
古と申します。この前飛鳥先生に独占インタビューしてきました。その時のもようをブログにのこしています。よかったらみてみてください。http://da-vinci.seesaa.net/
Posted by 古幸徳 at 2006年07月28日 20:22
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
RDF Site Summary