謎に部分について書きます。
「龍馬暗殺」の指示は誰が出したのでしょうか。もし、それが
上層部、島津久光あたりから出ていると、その実行は動かし難い
ものになります。主命であるからです。
グラバー→久光→西郷のルートで命令が来て、西郷はそれを中
村半次郎に指示──こういう情報があるのです。中村はそのこと
を土佐藩と何らかのかたちで相談したといわれます。
ここで考えなければならないのは、暗殺指示は龍馬だけなのか
中岡慎太郎を含めてかということです。奇しくも龍馬は土佐藩の
海援隊、中岡は陸援隊のそれぞれ隊長であるからです。この2人
が暗殺されたのです。その時点では龍馬も中岡も脱藩を許されて
おり、2人とも土佐藩の正規の藩士なのです。
しかし、土佐藩はこの2人の暗殺に対してほとんど動きを見せ
ていないのです。そのため、両者の暗殺に土佐藩自体が一枚噛ん
でいるのではないかと疑われても不思議はないのです。この土佐
藩の不思議な沈黙は何を意味しているのでしょうか。
実は龍馬と中岡の暗殺については、次の3つの可能性が考えら
れるのです。
第1は、襲撃犯は最初から2人を暗殺するつもりで両者のいる
ところを襲撃したというものです。第2は襲撃犯は龍馬だけを暗
殺するつもりでいたのですが、中岡も一緒にいたので、両者を暗
殺したというものです。第3は、実は中岡が仲間と一緒に龍馬を
暗殺しようとして重傷を負い、死亡したというものです。
この3つの可能性は、そのそれぞれに矛盾点があり、どちらと
もいえないのです。
第1の可能性ですが、中岡と龍馬が一緒にいるところを襲うと
いうのは、襲撃する側から考えると、偶然性が強く、成功する可
能性が低いのです。そういう状況ができることを予測するのが困
難であるからです。
龍馬の襲撃犯は少なくとも6〜7人いたと思われます。この場
合、相手のいる場所がわかっており、いつ実行するかを計画して
臨む必要があります。
襲撃犯は龍馬が近江屋にいることはわかっており、見張ってい
たと考えられます。そこに中岡がやってくたのです。時間は午後
3時過ぎのことです。2人が近江屋にいる状況が整ったので、急
遽夜に襲撃することにしたと考えられます。しかし、2人は共に
剣術の達人であり、2人とも確実に殺るには襲撃犯はそれを上回
る剣術の達人でなければならないことになります。
第1の可能性はこういう状況で行われたと思われます。しかし
襲撃犯にもリスクが大きく、失敗する可能性も高く、その場合は
目の前の土佐藩からも応援に駆けつけることが考えられ、確実な
暗殺計画とはいえないと思われます。
第2の可能性は、あくまで龍馬一人を暗殺する場合です。そう
いう状況は一定期間、龍馬を見張っていれば必ず訪れます。しか
し、そこに偶然中岡がやってきたとします。一般的にこういう場
合は、暗殺の実行を先送りするのが普通です。1人よりも2人の
方がはるかに成功率が低くなるからです。しかし、襲撃犯はあえ
て近江屋に踏み込んでいます。
第3の可能性は、襲撃犯が中岡慎太郎とその仲間である場合で
す。海援隊と陸援隊の違いは後述しますが、そのときはあまりう
まくいっていなかったことは確かです。このように動機がぜんぜ
んないわけではないのです。
しかし、龍馬が殺されたのは午後8時を回ってからです。中岡
は5時間もいて、そのうえで龍馬を暗殺するということは普通は
考えられないことです。それに中岡が龍馬を暗殺する方法として
は近江屋を襲うのはもっともリスクの高い方法であり、他にいく
らでも方法があったはずです。しかがって、第3の可能性は限り
なく少ないと思います。
海援隊と陸援隊の違いについて述べましょう。陸援隊は海援隊
発足後3ヵ月後に結成されています。慶応3年(1867年)の
ことです。海援隊と陸援隊の目的は次の通りです。
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◎海援隊/隊長:坂本龍馬
・大政奉還による無血クーデターを目的としている
◎陸援隊/隊長:中岡慎太郎
・討幕の軍事クーデターのを目的として結成される
―――――――――――――――――――――――――――――
よく海援隊は「海軍」と表記されますが、海軍というよりも貿
易商社がその本質です。しかし、陸援隊は「陸軍」の性格が強い
といえます。実際に薩摩藩から洋式軍学者・鈴木武五郎を招き、
洋式調練を受けるなど、いざというときは自在に動き、敵を破る
べく、実践向けの訓練を行っていたのです。
といっても、もちろん土佐藩の正式な軍隊ではないのです。あ
くまで討幕戦争が起こったときにゲリラ的軍事行動を起こし、軍
隊を支援するのが役割です。このように考えると、海援隊と陸援
隊は目的がまったく異なるのです。
このように土佐藩は一枚岩ではなかったのです。後藤象二郎や
龍馬の推進する大政奉還による平和解決派とあくまで武力討幕を
目的として行動する中岡慎太郎と板垣退助の一派──しかし、薩
摩藩はこれをうまく一体化し、一時的ではあったのですが、薩土
盟約を締結したのです。
それなら、龍馬は一体誰に殺されたのでしょうか。これには多
くの謎がありますが、EJスタイルでその本質に迫ってみたいと
思います。
龍馬の暗殺のバックには間違いなく薩摩藩がいます。しかし、
土佐藩も一枚噛んでいると思われます。しかし、その犯人がわか
らないよういろいろな工作を施しているのです。そのため、わか
りにくくなっています。――─ [新視点からの龍馬論/72]
≪画像および関連情報≫
●陸援隊/中岡慎太郎/ブログ『読書日記』より
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幕末維新のヒーローといえば、海援隊を率いた坂本竜馬が有
名だが、その対極にあるのが同じ土佐出身で陸援隊を率いた
中岡慎太郎である。小説の主人公としては坂本竜馬の方が大
衆受けがしやすく、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』によって薩
長同盟の立役者は竜馬と思いこんでしまうが、あくまでもそ
れは小説の中でのこと。実際は、筑前太宰府に西下した三条
実美公に従った土方楠左衛門や中岡慎太郎の尽力が大きいが
薩長和解のシナリオを考えていた筑前の月形洗蔵などは斬殺
されたために影が薄くなっている。
http://uraji.paslog.jp/article/1188445.html
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中岡 慎太郎像



龍馬の影武者です。
では、その犯人は・・・
もちろん龍馬本人です。
ただ名乗っていた名前は別の名。
そう、幕末で有名な人です。
あの時、近江屋に訪れたのは2名。
二人とも龍馬(影武者)とは顔見知りの人物。
アーネスト・サトウの描いたシナリオは
実に巧妙です。