2011年01月07日

●「○○○は『慶喜公』をあらわしている」(EJ第2971号)

 龍馬の手になる「新官制擬定書」の草案は、慶応3年(186
7年)10月中旬にまとめられたものといわれています。これと
同時平行に進められたとみられる次の「新政府綱領八策」は、薩
摩藩を始めとする諸藩に示されているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 第一義
 天下有名の人材を招致し、顧問に供う
 第二義
 有材の諸侯を撰用し朝廷の官爵を賜い現今有名無実の官を除く
 第三義
 外国の交際を議定す
 第四義
 律令を撰し、新たに無窮の大典を定む。律令すでに定まれば、
 諸侯伯皆みれを奉じて部下を率ゆ
 第五義
 上下議政所
 第六義
 海陸軍局
 第七義
  親兵
 第八義
 皇国今日の金銀物価を外国と平均す。右あらかじめ二、三の明
 眼士と議定し、諸侯会盟の日を待って云々。〇〇〇自ら盟主と
 なり、これをもって朝廷に奉り、始めて天下万民に公布云々。
 強抗非礼、公議に違う者は断然征討す。権門貴族も貸(仮)借
 することなし
  慶応丁卯十一月                坂本直柔
                       ──菊地明著
           『坂本龍馬』より/PHP研究所刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは「船中八策」と酷似していますが、これが龍馬から後藤
象二郎に示された八策の原案ではないかといわれているのです。
問題は、文中の「○○○」の部分ですが、ここに入る個人名は誰
かということです。その謎を解くカギが「新官制擬定書」の草案
なのです。4つの役職があり、次のように定義されています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ◎関白     1人
  公卿中、最も徳望智識兼備の人をもってこれに充つ
  上一人を輔弼し、万機を関白し、大政を総督す
 ◎内大臣    1人
  公卿、諸侯中、徳望智識兼備の人をもってこれに充つ
 ◎議奏    若干人
  親王、諸王、公卿、諸侯のうち、最も徳望智識ある者をもっ
  てこれに充つ。可否を献替し、大政を議定敷奏し、兼て諸官
  の長を分掌す。
 ◎参議    若干人
  公卿、諸侯、大夫、士庶人の才徳ある者をもってこれに充つ
  大政に参与し、兼て諸官の次官を分掌す。  ──菊地明著
           『坂本龍馬』より/PHP研究所刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 実はこの草案は「史談会速記録」に出ていたものであり、それ
には「関白」「内大臣」「議奏」「参議」の4つの官制には実名
が入っていたのです。読みやすいように、上記からはあえて除い
てあります。その実名を入れると、次のようになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ◎関白     1人
  三条実美
 ◎内大臣    1人
  徳川慶喜
 ◎議奏    若干人
  宮方:有栖川宮、仁和寺宮
  諸侯:島津忠義、毛利広封、松平春嶽、山内容堂、鍋島閑叟
  公卿:正親町三条実愛、中山忠能、中御門経之
 ◎参議    若干人
     岩倉具視、東久世通禮、大原重徳、長岡良之助、西郷
     隆盛、小松帯刀、大久保利道、木戸孝允、広沢真臣、
     横井小楠、三岡八郎、後藤象二郎、福岡孝弟、坂本龍
     馬           ──「史談会速記録」より
―――――――――――――――――――――――――――――
 この「新官制擬定書」によると、「内大臣」には「徳川慶喜」
の名前があります。「内大臣」とは現在でいえば、内閣総理大臣
と考えてよいでしょう。したがって、「新政府綱領八策」の「○
○○」は、「慶喜公」か「大樹公」か「大将軍」という文字が入
るものと思われます。
 この草案の「参議」には坂本龍馬の名前があるのですが、他の
史書には龍馬の名前のないものが多いのです。こんな話がありま
す。龍馬はこの「新官制擬定書」草案を小沢庄次(尾崎三良)と
一緒に西郷のところを訪れ提示したところ、龍馬の名前がないこ
とに気が付いた西郷がその理由を龍馬に尋ねたのです。そうする
と龍馬は、自分は時間に縛られる役人は性に合わないと答えたの
です。それでは何をするのかと重ねて尋ねた西郷に対し、龍馬は
次のように答えています。
―――――――――――――――――――――――――――――
        世界の海援隊でもやらんかな
―――――――――――――――――――――――――――――
 それはそれとして、徳川慶喜の名前が明記されている職制案を
見て西郷は内心穏やかではなかったものと思われます。
            ──  [新視点からの龍馬論/62]


≪画像および関連情報≫
 ●後藤に裏切られた龍馬/幕末忘備録より
  ―――――――――――――――――――――――――――
  容堂の賛同を得て後藤が幕府に提出した大政奉還建白書には
  薩土盟約で合意した将軍職廃絶及び将軍辞職の条項が無いば
  かりか、船中八策の「有名無実ノ官ヲ除クベキ事」の条項さ
  え無いのである。しかも後藤の話の節々には、容堂の考えと
  して、諸侯会議の議長に慶喜を据えるという策さえ読み取れ
  るのである。龍馬の真意を後藤は全く理解していない。否、
  表面的に理解していたとしても、慶喜に将軍辞職を逼ること
  が最大の目的である船中八策を自分の都合の良い様に曲解し
  その後藤が容堂に説いたのだから、基本的なところで龍馬の
  方策と食い違うことは当然であった。
  http://www2.odn.ne.jp/kasumi-so/bakumatu/jiken/hassaku.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

新政府綱領八策.jpg
新政府綱領八策
posted by 平野 浩 at 04:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 新視点からの龍馬論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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