2003年08月07日

どのようにして電波を突き止めたか(EJ1165号)

 1941年10月18日、ゾルゲ諜報団の無線技師マックス・
クラウゼンは逮捕され、三田警察署に留置されます。取調べに当
たったのは東京刑事地方裁判所検事局の吉河光貞検事です。その
日のうちに取り調べは開始されたのですが、クラウゼンは、比較
的素直に自分がゾルゲ諜報団の一員であったことを自供している
のです。
 クラウゼンが日本に潜入したのは、1935年11月28日の
ことですが、当時日本は翌年2月に起きる2.26事件の前兆と
みられる事件が相次いでおり、準戦時体制下ともいうべき状況に
あったといえます。政府としては国内治安の引き締めを行い、軍
部の政治進出も顕著になりつつあったのです。
 当然のことですが、外国人に対する監視体制も厳しく、外国人
同士が話をする場所は帝国ホテルのロビーぐらいしかなかったと
いえます。そのような状況の中で、クラウゼンは赤坂の山王ホテ
ルに1ヶ月ほど宿を取り、それからお茶の水の文化アパートを借
りて移り住みます。
 そこでクラウゼンは、ウラジオストックのブィズバーデン局と
交信するため、無線送信機と受信機を組み立てたのです。送信用
真空管2個については、米国で購入して日本に持ち込み、あとは
東京市内で部品を調達したというのです。
 組み立てたのは、送信用真空管2個を並列に接続し、100ボ
ルトの交流電源を使用し、これを変圧器によって800ボルトに
して働かせる米国無電アマチュア協会創案のアームストロング式
短波送信機で、アンテナ長は5〜6メートルでした。
 この送信機の性能は、周波数6〜7000キロサイクル、空中
線出力は15キロワットで、最大通信距離は4000キロメート
ルは可能ということですが、確実な通信距離は1000キロメー
トルといわれます。東京――ウラジオストック間の直線距離は、
ちょうど1000キロメートルなのです。この程度であれば、手
製の送信機でも十分届くというクラウゼンの計算です。
 受信機は、ラジオ受信機を買ってきてそれを短波受信用に改造
しています。これで受信周波数は40メガサイクルから60メガ
サイクルの波長までカバーしたといいます。これらの無線装置は
使用のつど組み立て、使用後は分解しており、非常に慎重にコト
に当たっていたことが分かります。
 クラウゼンは、これらの証言を東京刑事地方裁判所で開かれた
予審尋問で検事の質問に対して行っているのです。通信の傍受に
対してどのように対応したかとの検事の質問に対して、クラウゼ
ンは次の趣旨のことを証言しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.日本の探知機関による傍受は防ぐことはできない。通信は
   必ず傍受されるという前提でコトに当たる必要がある。
 2.しかし、都市市街地における方向探知は困難であり、最も
   良い条件でも数キロ圏内程度の確認しかできないこと。
 3.電波発射点の正確な確認は、ドイツでもそうであるように
   受信機を持って巡回するしか方法はなく時間がかかる。
 4.したがって、送信については毎回場所を移動し、長時間の
   通信を避け、または波長を変更するなどの処置をとる。
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 クラウゼンの証言の中で注目すべきは3の「電波発射点の正確
な確認は、受信機を持って巡回するしか方法はない」という部分
です。クラウゼンとしては、発信電波は傍受されても、発射点を
特定するのは簡単ではないと考えていたのです。そして、そのた
めに、日本の防諜機関が受信機を持って巡回することまでは、ま
さかやるまいと考えていたのです。
 この判断はある意味では当っていたといえると思います。なぜ
なら、クラウゼンがはじめて電波を出した1935年の年末から
1941年の7年間の間に実に130回、6万6000字の暗号
通信を送ることに成功しているからです。
 しかし、1939年に陸軍科学研究所登戸出張所が生田村(現
在の川崎市多摩区生田)に開設されると、クラウゼンはたちまち
追い詰められることになるのです。ここに「無線の高野」という
異名をとる高野泰秋少佐がいたのです。
 高野少佐は、「諜者用無線機」を開発しているのですが、これ
は当時陸軍が使っていた軍用無線機とは比較にならないほど優れ
た性能を持っており、しかも、重量8キロでランドセルを一回り
大きくした背負式でどこにでも持って巡回できるという優れもの
なのです。この短波用通信機は、世界的にみても当時の最先端の
技術を応用して作られており、戦後GHQが注目し、朝鮮戦争で
北朝鮮の通信傍受用に採用されたほどなのです。
 これに加えて高野少佐は、「不法無線探知用方向探知機」なる
機材も開発しています。この機材は、ブラウン管に電波の波形を
映す鑑別機を組み込んだ全波受信機です。自動車に機材をセット
して移動しながら、電波の発信地点を探知するのです。
 これを使っていたのが昨日のEJでご紹介した「ヤマ」という
秘密機関の乙班なのです。乙班は、高野少佐が開発した「不法無
線探知用方向探知機」を改造して3台の車に搭載し、3点測定法
で不法電波の発信地点を突き止めるというもので、このチームは
「移動監視隊」と呼ばれていたのです。
 実はクラウゼンの発信する電波は、東京都市逓信局によって何
回も傍受されていたのです。したがって、当局としては、スパイ
団の存在は分かっていたのですが、どうしてもその発信地点を特
定できなかったのです。
 「ヤマ」機関の採用した3点測定法とは、3台の自動車を任意
の3地点に配置し、無線で連絡を取り合いながら探知機の操作を
同時に行い、電波の発信位置を絞り込んでいくという方法です。
 この方法を使うと、相手の発信する電波の発信時間が30秒ま
でなら、半径1キロの範囲まで絞り込むことができるのです。こ
れによってクラウゼン宅は特定されたのです。クラウゼンがまさ
かと思うことが「ヤマ」乙班によって実際に行われたのです。

1165号.jpg
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。
ゾルゲについて調べていましたら貴兄のブログにたどりつきました。
ブログはいろいろと興味深い内容についてコメントされていますね。
これから定期読者として、読ませて頂きます。
よろしくお願い致します。
Posted by 中西 at 2018年07月12日 06:13
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