企業が各国のシェアを独占しています。日本をはじめ米国以外の
先進国は、この分野での競争には完全に遅れをとっています。こ
のまま行くと、何が問題になるでしょうか。
慶応義塾大学教授の岸博幸氏は、米国のプラットフォーム・レ
イヤー企業による市場独占によって、次の3つの問題点を指摘し
ています。今週から来週にかけて検討して行きます。
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1.米国による世界情報支配が強まる
2.米国のソフトパワーが強化される
3.米国の世界ネット広告市場の制覇
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第1は「米国による世界情報支配が強まる」ことです。
ネットというのは情報の流通経路ですが、その中核はプラット
フォーム・レイヤーです。これは、情報を蓄積・加工・提供する
レイヤーですが、ここを米国企業に牛耳られつつあるのです。こ
れについてとくに日本人は何ら危機感を持っていないのです。
「情報を米国に見られる」リスクについて考えたことがあるで
しょうか。典型的なものに、プラットフォーム・レイヤーが提供
するフリー・ツールがあります。ホットメール、Gメール、それ
に無料のビジネス・アプリケーションなど、これらを利用してい
る人はきわめて多数に上ります。
しかし、それらのデータを蓄積しているサーバーが米国内にあ
るとき、それらのデータを米国で誰かに見られる可能性はけっし
てゼロではないのです。
もちろん、それらのデータは一応守秘義務に守られています。
しかし、それは絶対的なものではないのです。既出の岸博幸氏は
次のように述べています。
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もちろん契約上は守秘義務などが書かれていて、情報のセキュ
リティ確保が明示されているはずです。しかし、紙の上の文言
を文字通り信じてしまうのは、ちょっとナイーブ過ぎるのでは
ないでしょうか。(中略)性悪説や米国不信が過ぎる考え方か
もしれませんが、個人的には、情報という点 に関しては米国
は怖い国であると思っています。もしあなたや あなたの企業
が米国に目を付けられたら、あなたが米国のネット企業のサー
バーに預けている情報は、決して安全ではないと考えるべきで
す。 ──岸 博幸著/幻冬舎新書/156
『ネット帝国主義と日本の敗北/搾取されるカネと文化』より
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「米国愛国者法」という法律が米国にあります。2001年9
月11日の米国同時多発テロ事件後45日間で成立し、米国内外
のテロリズムと戦うことを目的として、政府当局に対して権限を
大幅に拡大させた法律です。
それまでの米国の法律では、当局が通信傍受できる対象にネッ
トが入っていなかったので、それが改正され、ネット上の情報の
収集についても大幅に当局の権限が拡大されています。
これにより、電子メールも傍受の対象に入り、それにCATV
回線を使った通信も傍受できるのです。その他、医療情報、金融
情報や他の記録についても調査できる権限が与えられています。
また、FBIがネット・サービス・プロバイダに対して個人情
報の提出を求める場合でも、プロバイダの同意が得られれば、裁
判所の関与なく捜査できるようになっています。
この場合、ネット・サービス・プロバイダの定義が曖昧である
ので、それを拡大解釈して、プラットフォーム・レイヤー企業に
対しても、サーバーにストックされている情報を見ることが可能
であるといえます。
要はテロと戦うという建前があれば、米国内にあるどのような
情報も当局が見ることは可能なのです。これは、国防という観点
からも放置できない問題であるといえます。
重要なことは、日本は遅まきながらも、国内のプラットフォー
ム・レイヤー企業を育てる努力をするべきです。そういう意味で
日本の場合、ヤフー・ジャパンは51・3%のシェアを有する日
本企業です。これは世界でも例のないことです。
といっても、米ヤフーとの関連で純粋な日本企業かどうかはっ
きりしない点があったのですが、今回ヤフー・ジャパンが、検索
エンジンを米ヤフーからグーグルに切り替えたことによって、ヤ
フー・ジャパン自身の立ち位置をはっきりさせたことになるとい
えるのです。
なぜ、ヤフー・ジャパンが米ヤフーの提供する検索エンジンを
採用しなかったのには理由があるのです。米ヤフーはこれまで自
前の検索エンジンの開発を進めてきたのですが、昨年の夏に自前
の開発を断念し、マイクロソフトの検索エンジン「ビング」に切
り替える方針を固めたのです。そうすると、ヤフー・ジャパンに
も「ビング」が提供されることになります。
ヤフー・ジャパンはこれを嫌ったのです。どうしてかというと
マイクロソフトのビングは開発の歴史が浅く、とくに日本語の検
索と広告配信の性能と処理能力が低いからです。そこでグーグル
に相談を持ちかけたのです。
グーグルの立場に立つと、ヤフー・ジャパンの申し出を断る方
が戦略的にプラスだったといえます。なぜなら、ビング採用によ
って、ヤフー・ジャパンの検索の精度が下がり、多数の広告がヤ
フー・ジャパンからグーグルに移り、日本の51・3%のシェア
は切り崩されてしまうからです。
しかし、グーグルはあえて供給に応じたのです。それは、長期
的かつ世界的な検索エンジンを巡る覇権競争が背景にあるからで
す。もし、日米のヤフーがビングになったら、大量の検索処理実
績をベースにビングの処理能力が向上することは間違いないから
です。したがってこれは、日本の唯一の砦であるヤフー・ジャパ
ンの防衛に寄与するのです。 ──[メディア覇権戦争/25]
≪画像および関連情報≫
●マイクロソフト「ビング」とは何か
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米国時間2009年5月28日に、マイクロソフトは新しい
検索エンジン「Bing(ビング)」を発表しました。元々、コ
ードネーム「Kumo」という名前で開発されていたましたが、
「Bing(ビング)」という名前に決まったようです。マイク
ロソフトとしては、当然、グーグルと差別化する必要があり
ますが、その差別化として「検索エンジン」ではなく、「意
思決定エンジン」というコンセプトを挙げています。
http://www.nextglobaljungle.com/2009/06/bing.php
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岸 博幸氏