戦略を整理しておくことにします。
既に述べたように、米国ではハードカバーの本は書店で25ド
ル前後で売られています。アマゾンはその本を約半値の13ドル
で仕入れ、電子ブックとしてキンドルストアにおいて9・99ド
ルで売っていたのです。つまり、1冊売れるごとに3ドル損を出
していたのです。それは次なる敵があらわれる前に、電子書籍市
場を独占的に支配しておくための戦略なのです。
この場合、出版社は小売価格決定権をアマゾンに渡すことと引
き換えに、13ドルでアマゾンに本を卸していたのです。この契
約を「ホールセールモデル」というのです。この場合のマージン
の割合はアマゾン65%、出版社35%です。
これに対して米大手出版社のマクミランは、ハードカバー書籍
の安売りに抗議し、ホールセール契約に反対したのです。なぜな
ら、このままでは紙のハードカバーの本が売れなくなってしまう
からです。
そして、2010年になると、アマゾンの敵はあらわれたので
す。アップルのアイパッドです。早速アップルは出版社に対し、
小売価格決定権を出版社に渡し、マージンは30%で良いと持ち
かけたのです。これはアップストアに出品されているアイフォー
ン用のアプリケーションが売れたときのマージンと同じです。こ
れを「エージェンシーモデル」と呼んでいます。
このままでは出版社はアップルに取られる──このように判断
したアマゾンは早速対応策を取ったのです。エージェンシーモデ
ルに移行することを認めたのです。小売価格決定権は出版社に返
し、売れたときのマージンは30%とアップルと同じにしたので
す。しかし、仕入れ価格は小売価格の70%とし、しかも、しっ
かりと30%受け入れに次の4つの条件を付けたのです。
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1.9・99ドル未満、2・99ドル以上の電子ブックの場合
に限ること
2.紙の本よりも20%以上安い価格で電子ブックを売る場合
に限ること
3.キンドルストアで用意されている全てのオプションを受け
入れること
4.他社(すなわち、アップル)より安い値段に設定したとき
に限ること
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マクミランの抗議により実現したエージェンシー契約は、結果
としてマクミランよりもアマゾンを利することになったのです。
結局アマゾンは一冊電子ブックが売れるたびに7ドルの利益を出
し、マクミランは逆に3ドルのマイナスになったからです。
もともとアマゾンは、本を13ドルで仕入れて9.99 ドルで
売っていたのですから、一冊ごとに3ドルマイナスになっており
逆にマクミランは、3ドルの利益が出ていたことになります。
エージェンシー契約によって、小売価格決定権を得たマクミラ
ンは、本を14ドルで売ることにしたのです。一冊売れたときの
マージンは30%ですから、約4ドルがキンドルストアの手数料
としてアマゾンに入ります。
それにマクミランは、これまでは13ドルの卸値でキンドルス
トアに卸していたものが、今度は小売価格の70%──約10ド
ルで卸さなければならないので、3ドルマイナスになります。結
局アマゾンは手数料の4ドルと、卸値が3ドル安くなったことで
合計7ドルのプラスになったのに対し、マクミランは、卸値が下
がったことで、3ドルのマイナスになったのです。
現在はアップルの電子書籍戦略は始まったばかりであり、実際
にアップルが出版社と結ぶ契約がどのような内容になっているか
は明確にはわかっていないのです。これについて、既出の佐々木
俊尚氏は次のように述べています。
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実際、アップルと出版社の契約交渉の内容が徐々に漏れてくる
につれ、アップルのタフネゴシエイターぶりが明るみに出てき
ています。それによると、アップルは当初の話では出版社に価
格決定権を引き渡し、ハードカバーを一冊14ドル前後へと値
上げすることを認めていたのにもかかわらず、交渉途中からは
「ニューヨークタイムズ紙のベストセラーランキングに入って
いる本と、もともと20ドル前後で安く売られている本につい
ては、14ドルではなくもっと安い値段で売ることを契約条件
に追加してほしい」と要求しているそうです。
──佐々木俊尚著
『電子書籍の衝撃/本はいかに崩壊し、いかに復活するか』
ディスカヴァー携書048
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結局アップルの提案したエージェンシー契約は、アマゾンが追
随した結果、内容的にほとんど変わりはないのです。それに書店
としては、アップルよりもアマゾンに依存度が高いのです。
なぜなら、アマゾンはもともとオンラインながら書店であり、
紙の本も扱っているし、電子書籍の分野ではかなり先行しており
市場シェアも高いのです。したがって、出版社がアマゾンと縁を
切って商売をすることは難しいのです。
実際問題として、最初にマクミランがアマゾンに叛旗を翻した
とき、オンライン書店におけるマクミラン・コーナーの「買う」
マークを外されて、売上が一時大幅にダウンしたことがあり、出
版社としては、アップルよりはアマゾンにシフトするのはやむえ
ないことなのです。
それに現在、マクミランがキンドルストア上で、電子ブックを
9・99ドルから14ドルに引き上げたことに強い抗議が起きて
いるのです。当然ですが、読者としては安い方がいいに決まって
いるからです。 ──[メディア覇権戦争/18]
≪画像および関連情報≫
●「カラー版キンドル」は実現するか
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アマゾンの年次株主総会に関する英文報告ブログによると、
アマゾン創設者・CEОのジェフ・ベゾスが「キンドルは読
むことに集中」「カラー版キンドルは近日中にはない」「キ
ンドルのデバイスとキンドル本は別のビジネス」などの見解
を明らかにしたという。多機能をうたうアイパッドに対して
ひたすら読むための機器を目指すという方針は、キンドル派
の私にとっては非常に嬉しいことである(同様の意味で、ひ
たすら書くための機能に集中しているポメラも好きだ)。カ
ラー・イーインクは実用にはまだ遠いようだが、中途半端な
状態では出さないという姿勢も好ましく思える。
http://www.kotono8.com/2010/05/26kindle.html
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佐々木 俊尚著『電子書籍の衝撃』