あります。米国を代表する新聞であるニューヨーク・タイムズは
ネット上では有料で記事の閲読を許していたのです。毎月定額を
支払うユーザーは、過去の記事をすべて閲読できるという課金モ
デルです。
ところが、2007年になると、同紙はそれまでの課金モデル
を廃止し、無料モデルに移行させたのです。その狙いは無料にす
ることによってネットの来訪者を増加させ、ネット上での広告収
入を上げることだったのです。
結果はどうだったでしょうか。
ニューヨーク・タイムズ紙の紙の購読者数は110万人であり
同紙のウェブサイトへの訪問者(ユニーク・ユーザー数)は月に
5000万人──紙のユーザー数の50倍もあったのです。
しかし、無料モデルにしてから1年後の2008年の広告収入
は、次のようになったのです。
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紙 からの広告収入 ・・・・・・ 約20億ドル
ネットからの広告収入 ・・・・・・ 約 2億ドル
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読者数はネットの方が50倍も多いのですが、ネットからの広
告収入は紙の10分の1しかなかったのです。ちなみにネットか
らの広告収入だけでは、ニューヨーク・タイムズ紙の社員の20
%しか養えないのです。
これは広告収入全体でもいえることです。米国の新聞産業全体
における2008年の広告収入は、紙とネットで次のようになっ
ています。ネットからの広告収入は紙の10分の1なのです。
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紙 からの広告収入 ・・・・・・ 約347億ドル
ネットからの広告収入 ・・・・・・ 約 31億ドル
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「ネットは儲からない」──これを証明する例は枚挙にいとま
がないほどありますが、2010年7月から英国において新聞界
の今後を占う一大実験のスタートが切られたのです。
それは、エスタブリッシュの読む新聞として長い伝統のあるタ
イムズとその日曜版サンデー・タイムズのウェブサイトがこの7
月から有料化されたのです。
英国の主要新聞の発行部数については、添付ファイルを参照し
ていただきたいのですが、タイムズは全英第4位、サンデー・タ
イムズは第3位の発行部数を有しているのです。
英国の主要新聞で、サイト閲読について課金しているのは、そ
れまでは、フィナンシャル・タイムズ(FT)だけであり、タイ
ムズとサンデー・タイムズの有料化には注目が集まっています。
しかし、フィナンシャル・タイムズの場合は、一定の本数は無
料で読める、いわばメーター制なのです。しかし、タイムズとサ
ンデー・タイムズの場合は、料金を支払った購読者だけが読める
全面有料になっています。
紙のタイムズの平日版は1部1ポンドで販売されていますが、
ウェブサイトの場合も1日1ポンドなのです。つまり、紙の新聞
を買うのと同じ感覚で見られるようにしているのです。2日以上
読みたいときは、2ポンドで1週間読めるのです。なお、紙版の
定期購読者は、サイトは自由に閲読できるのです。
タイムズとサンデー・タイムズの新サイトでは、新聞記事に加
えて、著名コラムニストとのライブチャットやジャーナリストと
の情報交換など、購読者を対象にした会員制クラブ「タイムズプ
ラス」が提供する文化的イベント─映画鑑賞、美術展、対談など
に無料または安価で参加できる特典も付いています。
もちろんグーグルリーダーにもRSSにも記事は流れないよう
になっており、タイムズの記事を読みたければ紙の新聞を買うか
お金を払ってサイトを訪れるしかないようにしているのです。
タイムズとサンデー・タイムズを有料化したのは、同社の親会
社であるニューズ・コーポレーションのルパート・マードック会
長の次の考え方によるものです。
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良質なジャーナリズムには、料金を払う価値がある
──ルパート・マードック氏
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有料化移行前のタイムズ紙のウェブサイトの月間のユニーク・
ユーザー数は2300万人ですが、7月からの全面有料化でユー
ザー数は最大で90%減になるといわれています。
これによるサイトの影響力ダウンは確実であり、「有料の壁」
をくぐり抜けてタイムズを読みにくる読者を広告主がどのように
評価するかにかかっているといえます。
このように「紙からネットへ」の流れが加速するなか、紙の世
界で頑張っている経済誌があります。それは世界の政治・経済状
況を分析・解説する週刊誌、英『エコノミスト』誌です。
小さな文字がギッシリ並んでいるだけの、けっして読みやすい
デザインでないにもかかわらず、発行部数は右肩上がりで伸びて
いるのです。2004年は90万部程度であったものが、現在で
は約160万部にまで伸びているのです。
『エコノミスト』誌は、収入の65%は購読料、35%は広告
であり、購読料収入に大きく依存しています。読者だけが頼りの
雑誌であるといえます。その購読者が増えているのは、何といっ
てもコンテンツの質の良さなのです。それは「エコノミストを読
めば世界の情勢をフォローできる」とまでいわれています。
さらに驚くべきことは、『エコノミスト』誌は、雑誌のコンテ
ンツをすべてネットで無料で公開しているのです。若干の時間差
はつけていますが、少なくとも次の号が出るまでにはネットです
べて公開されるのです。それでいて購読者は増える一方です。ま
さにコンテンツの勝利であり、他では得られない独特のコンテン
ツであるといえます。 ──[メディア覇権戦争/14]
≪画像および関連情報≫
●英『エコノミスト』誌/編集長インタビュー
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先進国での新聞業界の暗い話や米ニュース週刊誌の不調が続
く中、快進撃を続けているニュース媒体がある。しかも、ネ
ットではなく、紙媒体だ。世界の政治・経済状況を分析・解
説する週刊誌「エコノミスト」の発行部数は右肩上がり一辺
倒で、現在約160万部に達している。2009年3月決算
の収入は3億1300万ポンド(前年比17%増)、営業利
益は5600万ポンド(前年比26%増)だ。ウェブサイト
の広告収入は前期比29%増、ページビューは53%増とな
った。 http://www.newsmag-jp.com/archives/4141
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●英国の主要新聞の発行部数
出典/『週刊東洋経済』7/3号より
英国の主要新聞の発行部数