2010年05月17日

●「切り違い尋問で調書を取られる」(EJ第2813号)

 東京地検特捜部としては、どうしても眞藤会長を立件したかっ
たのです。しかし、眞藤会長が収賄目的で未公開株を譲渡された
という確たる証拠は何もないのです。それでも収賄として立件し
てしまうところに検察の怖さがあります。
 江副氏は眞藤会長の秘書の村田幸蔵氏に未公開株のことを話し
眞藤会長とご相談のうえ、よろしければ未公開株を持っていただ
きたいと依頼しているのです。この件について江副氏は「あくま
で眞藤会長を念頭に置いたもの」であることは認め、宗像検事の
求める調書にサインしているのです。
 結果として未公開株は眞藤氏に譲渡できたのですが、江副氏と
しては何かの便宜を計ってもらうための贈賄などではなく、あく
まで個人的にお世話になっている知人として勧めたに過ぎないの
であって、それは違法なことではないのです。
 特捜部は、それがわかっていても何とか贈収賄罪に問えないか
と考えたのです。NTT関係者は準公務員に当たり、これが立件
できると、政治家や官僚は比較的容易に立件できるからです。
 ちょうどその頃の世論は、マスコミの過熱報道によって、コス
モス株を譲渡されていたというだけで犯罪行為をしたとみなされ
てしまう異常な雰囲気であったのです。当時、私自身眞藤会長が
逮捕されたというニュースを知って、あの人も賄賂をもらってい
たのかという気持ちになったことを覚えています。そういう未公
開株を譲渡されること自体が犯罪だと思っていたからです。
 特捜部は、贈賄側として江副氏を逮捕し、何とか村田秘書と眞
藤会長を結び付けようとしたのですが、まったくつながらなかっ
たのです。そこで、これでは眞藤会長は立件できないと考えた特
捜部は、得意のシナリオを組み立てたのです。
 そのシナリオとは、眞藤会長へのコスモス株譲渡は村田秘書の
一存で決めたものではなく、江副氏が眞藤会長に直接電話をかけ
て要請したことによって決まったものであるとしたのです。なお
江副氏はこれについては全面否定しています。
 特捜部にとって江副氏は大きなカベであったのです。論理的に
詰めていこうとすると、きわめて理路整然と論理的に返してくる
──脅しても頑として否定するし、何度も確認しようとすると黙
秘するという具合で特捜部は相当手こずったのです。
 これを特捜部はどのようにして突き崩したかです。1989年
3月18日の午後6時18分、夜の取調べが始まると、すぐ神垣
検事は、取調室を出て行き、20分ほどして凄い勢いで戻ってき
たのです。そして江副氏に次のようにいったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 「お前は嘘をついていた。眞藤はさっき落ちた!眞藤はお前か
 ら直接電話を受けたと話している!これまで俺に嘘をついてい
 たな!俺にこんな態度を取ったのはお前が初めてだ!」
 言うや否や、私の椅子を窓側の横から蹴り上げた。その勢いで
 キャスターが横に滑り、私は頭から反対側に転げ落ちかけたが
 素早く検事が反対側に回り私の身体を支えた。その身のこなし
 から、検事の動作は計算ずくだ、と思った。
 検事はたたみかけるように怒鳴った。「立て!窓側に移れ!」
 取調室の窓側で、私は検事と向き合う形となつた。
 「俺に向かって土下座しろ!」       ──江副浩正著
    『リクルート事件・江副浩正の真実』/中央公論新社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 そのとき江副氏はさすがに恐怖感を感じたといいます。検事に
向かい手をつき、土下座をしていると、悲しいことに検事のマイ
ンドコントロールに入ってしまったと述懐しているのです。そし
て、検事のいわれるままに、検事の作成した次のような趣旨の調
書にサインしてしまったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 私は、検事に土下座してお詫び申し上げます。いままで検事に
 対し、眞藤さんに直接声をかけたことはない、村田さん個人に
 お譲りしたものであるなどと嘘を申し上げてきました。
                ──江副浩正著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 保釈後に江副氏が新聞のスクラップファイルをチェックしたと
ころ、次の記事が目にとまったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     江副の株譲渡持ちかけ 眞藤に直接だった
     収賄罪成立確実に ──毎日新聞夕刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 日付を調べると3月14日であり、江副氏が調書を取られた4
日前だったのです。つまり、4日前にそういうシナリオができて
おり、特捜部はマスコミにリークしていたのです。それでは、当
の眞藤氏はどうだったのでしょうか。
 NTTルートの裁判が始まってわかったことですが、江副氏が
土下座させられ、調書をとられた日と同じ日に作成された眞藤氏
の調書には、「江副から連絡を受けた村田秘書から知らされた」
とあり、江副氏から直接連絡を受けたとは、どこにも書かれてい
なかったのです。江副氏は完全に神垣検事に騙されていたことに
なります。この神垣検事のやった取り調べは「切り違え尋問」と
いう違法な捜査手法なのです。
 もうひとつ江副氏が衝撃を受けたことがあります。眞藤氏の秘
書の村田幸蔵氏は、20日間拘留されながら取られた調書が一通
もなかったことです。どんな人も逮捕され、取り調べを受けて調
書をひとつもとられない人はまずいないそうです。さすが眞藤氏
がたった一人NTTに連れて行った人だけあって、肝のすわった
立派な人物だったのです。
 村田氏のように取り調べでの証書がひとつもないと、公判での証
言がそのまま証拠になるので、検察に不利になります。そのため、
特捜部は多少手荒なことをしても江副氏から、直接眞藤氏に電話し
たという調書を取りたかったのです。しかし、こんなことがあって
よいのでしょうか。     ―──[ジャーナリズム論/17]


≪画像および関連情報≫
 ●「切り違え尋問」とは何か
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  AとBとに取調べを行う場合に、先ずAに対し「Bが○○と
  供述した」と告げてAの供述を引き出し、その後Bに対して
  「Aが○○と供述した」と告げ、Bの供述を引き出す手法を
  「切り違え尋問」という。昭和45年11月25日最高裁判
  所大法廷判決(刑集第24巻12号1670頁)によると、
  このような手法で捜査機関が得た自白について、「偽計によ
  って獲得された自白はその任意性に疑いがあるものとして証
  拠能力を否定すべき」とされている。
                 ──ヤフージャパン知恵袋
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逓信ビル
posted by 平野 浩 at 04:11| Comment(0) | TrackBack(0) | ジャーナリズム論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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