2010年05月12日

●「ストーリーを作って調書を取る」(EJ第2810号)

 宗像検事は、「証券取引法違反」でひとつのストーリーを作っ
て江副氏に攻め込んできたのです。どういうストーリーかという
と、江副氏はコスモス株の公開直前に既に譲渡している未公開株
を5社から買い戻して、それを改めて何人かの知人に配ったとい
う証取法違反を問うストーリーなのです。既に特捜部は5社から
未公開株が流れたという情報は掴んでいたのです。
 創業者というものは、公開直前になると、自分の株を知人や友
人に譲渡したくなるものといわれます。ところが、これは証券取
引法違反なのです。江副氏も実際そういう気持ちになったといい
ます。しかし、江副氏はコスモスの株式公開の幹事会社である大
和証券の山中一郎専務から、事前に絶対にやってはいけないとい
われていたので、別の合法的方法をとったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 そこで、公開1年10ヵ月前の昭和59年12月の増資のとき
 一株2500円でコスモスの増資を受けてもらった会社のうち
 親しい友人が経営する会社5社にお願いして、コスモスの幹部
 社員や外部の有力者に1株3500円で株式を譲渡してもらっ
 た。それらの会社から譲受人への譲渡だから、私は仲介者にす
 ぎない。5社と譲受人との間で売買約定書が結ばれ、有価証券
 取引税も納付している。資金が私の口座を通っているわけでも
 ない。                  ──江副浩正著
    『リクルート事件・江副浩正の真実』/中央公論新社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 宗像検事は、40〜50枚の証取法に関する調書を作ってきて
江副氏に署名を求めたのです。調書を読むと、江副氏が5社から
株を買い戻して譲渡したと書かれており、事実と異なるので、署
名はできないと断ったのです。
 そうすると、穏やかだった宗像氏は「そういう態度だと、今度
は検察庁に来てもらうよ」といったのです。こちらがわざわざ出
向いてやっているのにその態度はけしからんというわけです。
 このように嫌味をいったその日はそれ以上署名は求めないで、
宗像検事は帰って行ったのです。そして、その翌日、宗像検事は
またやってきて、同じ内容の調書に署名を求めたのです。
 取り調べというのは、その名のように被疑者を取り調べてそれ
に基づいて調書を作るのですが、特捜部はそのようなことはしな
いのです。あくまで特捜部が作成したストーリーをそのまま飲ま
せようと何回も繰り返し、執拗に署名を求めるのです。その取り
調べの模様の一部を江副氏の本から紹介します。
―――――――――――――――――――――――――――――
 「証取法違反について詳しく聞いていきます。株はあなたが買
 い戻して売ったものでしょう」
 「違います。前回も申し上げましたが、関係者の間で売買約定
 書があります」
 宗像検事は身を乗り出し、声を落として言った。
 「不動産の取引に、節税のための中間省略というのがあります
 よね。これもそうでしょう」
 「違います。各社と譲受人とで売買契約を交わし、印紙を貼り
 有価証券取引税を納めています」。
  宗像検事はじっと私を見つめて言った。
 「新聞は5社からの還流と書いているでしょう。還流5社とた
 びたび報道されていますよ。私もあなたが5社から株式を買い
 戻して譲渡したものだと思っています」
 「私の友人がオーナーの5社に頼んで、譲受人に売ってもらっ
 たものです。私は斡旋しただけで、私が買って売ったのではあ
 りません。売買約定書もすべて当事者間で交わされています」
                ──江副浩正著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 このやりとりの中で注目すべきことがあります。「新聞は5社
からの還流と書いているでしょう。還流5社とたびたび報道され
ていますよ」の部分です。
 これは明らかに自分でマスコミにリークしておいて、「新聞も
書いているように」とそれを客観的事実のようにして、被疑者を
追い詰めるのです。それに逮捕前の取り調べは検事は語調などに
気を使いますが、逮捕後は語調がガラリと変わるそうです。
 攻める方は、プロ中のプロといわれる検事であり、受ける方は
本能的に警察を怖がり、不安にさいなまされている被疑者です。
毎日同じことを問われており、ときには脅しを入れられると、面
倒くさくなって署名してしまうそうです。そのようにして冤罪は
生まれるのです。だからこそ、取り調べの「全面可視化」が必要
なのです。
 1989年1月31日に江副氏は、宗像検事からこれから先は
別の検事が担当すると告げられたのです。その検事の名前は神垣
清水氏といい、胸板が厚く、太い声で押出しがよく、あたりを払
う貫禄があったそうです。
 江副氏の本には、この神垣検事との取り調べのやりとりが詳細
に出ていますが、特捜部の取り調べの様子が具体的に綴られてお
り、取り調べの可視化の格好の資料になると思います。
 神垣検事が江副氏に最初にいった言葉は次のようなものであっ
たのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 検事の神垣です。僕はあなたをとても立派な人だと思っていま
 す。僕が抱いているあなたのイメージを壊さないようお願いし
 ます。            ──江副浩正著の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 実はこれが彼のやり方であったのです。とくにインテリ人を落
とす場合、こういうやり方は効果的であるといいます。とくに相
手が有名人であるときは、最初はその人の業績を賞賛し、自分は
あなたのファンであると持ち上げて、検察の描くストーリーの調
書に署名させようとするのです。
            ――──[ジャーナリズム論/14]


≪画像および関連情報≫
 ●取り調べの全面可視化について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  法務省の加藤公一副大臣は17日に開かれた同省の政策会議
  で、捜査段階の取り調べの全過程を録音・録画する「全面可
  視化」の導入に向けたスケジュールを説明した。民主党は全
  面可視化の実現をマニフェストに掲げているが、導入のため
  の法改正案が国会に提出される時期は2012年以降になる
  見通しとなった。全面可視化導入の法案は、民主党が野党時
  代に参院に提案して2度可決させてきた経緯がある。党内か
  らは「一刻も早く実現を目指すべきだ」と批判する声も出て
  いる。
http://www.asahi.com/politics/update/0317/TKY201003170480.html   ―――――――――――――――――――――――――――

当時の宗像紀夫検事.jpg
当時の宗像 紀夫検事
posted by 平野 浩 at 04:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ジャーナリズム論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック