2010年04月30日

●「政財界工作と誤解された未公開株譲渡」(EJ第2805号)

 運命の年である1988年1月、江副氏はリクルートの社長を
位田尚隆氏に譲って会長に就任しています。このとき、江副氏は
51歳であり、リクルートはグループの売上高1兆円、経常利益
は1000億円を目前にしていたのです。
 川崎市の小松助役が解職されたのは1988年6月20日──
朝日新聞報道の2日後のことです。当時リクルート会長の江副浩
正氏は、その時点では小松助役解職が契機になって、その後あの
ような一大事件に発展するとはまったく考えていなかったと自著
で述べています。
 ところが、1988年6月14日の時点で朝日新聞横浜支局に
は情報提供者からあるリストが届いていたのです。それは、19
84年12月のリクルートコスモスの未公開株譲渡先リストだっ
たのです。その情報提供者は明らかにされていませんが、リクル
ート社内の人間ではないかといわれています。
 そのリストによると、リクルートは100人に話を持ちかけて
そのうち76人が購入し、46人がファーストファイナンスから
融資を受けていたことが判明したのです。
 そのリストには、驚くなかれ、政財界の著名人の名前がズラリ
と並んでいたのです。朝日新聞はこのリストを手にしたからこそ
取材を継続し、疑惑究明の名の下に長年にわたる報道を行うこと
ができたのです。
 まず、6月24日に森喜朗代議士が秘書を通じてコスモス株の
譲渡を受けて売却益を得ていたという報道が行われると、その次
の日から、渡辺美智雄代議士の家族や秘書、加藤六月代議士の秘
書、加藤紘一代議士、塚本三郎代議士の秘書らへのコスモス株の
譲渡が次々と新聞で報道されたのです。
 そして7月に入ると、遂に中曽根康弘首相、安倍晋太郎自民党
幹事長、宮沢喜一蔵相の各秘書へのコスモス株譲渡の報道が行わ
れたのです。ここまでくると、各新聞社やテレビなどのメディア
が一斉報道し、それが日に日に加熱していったのです。
 さらに「朝日ジャーナル」(現在は休刊)のある記者が入院中
の日本経済新聞社社長の森田康氏にコスモス株譲渡に関するイン
タビューを行い、それを次のタイトルで発表したのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     政・マスコミ界を汚染するリクルート商法
―――――――――――――――――――――――――――――
 江副氏は、日経の森田社長とはとくに親しく、そういう意味で
株を持ってもらったといっています。これについて江副氏は自著
で次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 そもそもこの記事は、「リクルート商法」と銘打ちながら、取
 材は森田社長に対してだけで、私への裏付け取材もない。同業
 他社のトップを退陣に追い込む可能性のある内容を掲載すると
 きには、確かな根拠に基づき公正な報道をするのが常識であろ
 う。だが、その記事は森田社長への一方的な非難や中傷に終始
 し、同社長の釈明談話もなかった。     ──江副浩正著
    『リクルート事件・江副浩正の真実』/中央公論新社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 日経の前身は「中外物価新報」であり、日経の記事で株価が動
くことがあるのです。そのため日経では、内規によって上場会社
の株式の所有を禁じているのです。そのため、森田社長は公開時
に売却したのです。悪いことであるとは、夢にも思っていなかっ
たのしかし、それが「朝日ジャーナル」の記者の知れるところに
なり、森田氏は辞任に追い込まれたのです。
 これにショックを受けた江副氏は、このままではリクルートや
コスモスにも悪い影響が及び兼ねないとして、7月6日夜6時に
リクルートの緊急取締役会を開催して会長を辞任し、取締役相談
役に就いたのです。続いてリクルートコスモスの緊急取締役会も
招集して、そこでも会長を辞任しています。
 辞任した次の日の朝刊には、江副氏の会長辞任の記事が5大紙
のトップ記事として次のように扱われ、社会面にもトップ扱いで
次のタイトルが踊ったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ≪第1面トップ≫
 江副リクルート会長辞任/関連株譲渡で引責
 ──朝日・読売・日経
 江副リクルート会長が辞任/非公開株譲渡で『社会的責任』
 ──毎日
 江副氏、会長を辞任/各界への波及で引責」──産経
 ≪社会面トップ≫
 誤算「すき間産業」の旗手/政界工作、次々明るみ──朝日
 『世間騒がせた』自ら役員会押し切る──産経
 江副「風雲児」苦悩の退場/『浅慮悔いる』言葉残し─読売
 「情報の城」大揺れ/立志伝、突然の幕──毎日
―――――――――――――――――――――――――――――
 江副氏としては、この報道にはかなりの違和感があったといい
ます。なぜ、こんな大きな報道になるのだろうか。自分としては
少なくとも政界工作などやっていない。自分はあくまで付き合い
の深い知人に未公開株の譲渡をしたに過ぎないと考えていたので
す。これは大きな誤解である。何とか誤解を解かなければ・・と
考えて、マスコミ報道の火消しをやろうとしたのです。しかし、
今にして思えば、それが大きな間違いのもとであったのです。江
副氏の失敗については、来週のEJで述べることにします。
 しかし、報道がここまで加熱してきても、検察は一向に動こう
とはしなかったのです。それは、未公開株の譲渡が贈賄罪として
は立証することが困難であったからです。
 仮に江副氏から事情を聞いても、お世話になった知人に好意で
譲渡したといわれてしまえば、贈賄の意図を証明できないからで
す。それに検察側は江副氏が非常に交際の広い人物であることを
よく知っていたからです。――──[ジャーナリズム論/09]


≪画像および関連情報≫
 ●江副浩正氏の本について         ――堀江貴文氏
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ところで、リクルート創業者江副氏のリクルート事件の実録
  書が遂に出た。いや、出たことは知っていたのだが品川駅の
  売店でふと見つけ新幹線の中で一気に半分ほど読んだところ
  である。逮捕された年齢、逮捕されるまでの時間は大分違う
  し特に前段の彼の苦悩は相当だったようだ。睡眠がとれず食
  事はのどを通らず。私は強制捜査から逮捕まで、一週間程度
  だったので、彼ほどは追い詰められなかったし、自殺衝動の
  ようなものも無かったが、彼ほど長い間不安定な立場に立た
  されていたらどうなったか分からない。  ──堀江貴文氏
    http://ameblo.jp/takapon-jp/entry-10375916985.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

江副浩正氏の本.jpg
江副 浩正氏の本
posted by 平野 浩 at 04:14| Comment(0) | TrackBack(1) | ジャーナリズム論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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