2010年04月27日

●「リクルート事件の発端は川崎市」(EJ第2803号)

 「リクルート事件」という言葉を聞いて、それがとのような事
件であったか説明できるでしょうか。
 リクルート社の創業者である江副浩正氏が、系列のリクルート
・コスモス社の未公開株を政財界の要人多数に賄賂目的で幅広く
譲渡し、それが発覚して多くの関係者が事情聴取されたり、逮捕
・起訴され、竹下首相退陣の原因のひとつにもなった戦後最大級
の構造汚職疑惑である──詳しい人でもせいぜいこの程度の記憶
ではないかと思われます。
 ところで、公開前の株式譲渡というのは違法なのでしょうか。
 はっきりしていることは、公開前の株式譲渡自体は違法ではな
いということです。これは業界の慣行であり、多くの企業が行っ
ていることであったからです。
 ただし、江副氏の場合、その譲渡先が政治家や官僚、財界人な
どの多岐・多数にわたっており、賄賂性があるのではないかと疑
われたのです。しかし、未公開株の賄賂性を問うのは、極めて困
難であり、普通なら検察は動かないものなのです。
 1988年6月18日付の朝日新聞の朝刊、社会面のトップに
次の見出しの記事が報道されたのです。のちに、「リクルート事
件」として大騒ぎになる最初のニュースであったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   『リクルート』川崎市誘致時 助役が関連株取得
       ──1988年6月18日付の朝日新聞
―――――――――――――――――――――――――――――
 JR川崎駅西口前にかわさきテクノピア地区と呼ばれる再開発
地域があります。リクルートは、川崎市から誘致を受けてその地
区にインテリジェントビルを建てたのです。記事の内容は、その
誘致をした川崎市の小松秀煕助役に対し、リクルートの関連会社
リクルートコスモスの未公開株が店頭登録前の1984年12月
に譲渡されていたというものであったのです。
 朝日新聞の記事には間違いはなく、確かにリクルート側は、小
松助役に対してリクルートコスモスの未公開株3000株が譲渡
されていたのです。このコスモス株はその後株式分割され、同助
役の保有株は3万株になったのです。小松助役は、この株を19
86年10月にリクルートコスモスの株が店頭公開されたときに
売却し、約1億2000万円の利益を得ているのです。
 本来未公開株は公開時には値上がりするものであり、まして業
績好調のリクルートの関連会社であるリクルートコスモスの未公
開株であれば、値上がりは確実なのです。しかし、前述したよう
に、未公開株の譲渡は慣行として行われており、それ自体には違
法性はなく、まして賄賂性は考えられなかったのです。
 問題はリクルート側が川崎への進出に当たって、川崎市に対し
何かを依頼することがあったかどうかです。これに対して江副氏
は、はっきりと「ない」といっているのです。
 ただひとつ疑点があります。リクルートがかわさきテクノピア
地区への進出を決めたのは1985年4月のことなのですが、そ
のときは建物の容積率が300%しかなく、ビルを建てても採算
に合わなかったということです。
 しかし、リクルートが契約を結んだ1ヶ月後に、川崎市はこの
地区を「特定街区」に決めているのです。特定街区になると、容
積率は700%になり、リクルートは20階建てのビルを建てる
ことができたのです。それに小松助役は、企画調整局長としてテ
クノピア地区の開発を担当していたのです。
 朝日新聞の記事には、リクルート側が小松助役に特定街区の指
定を依頼し、その見返りとして値上がり確実な未公開株を割り当
てたのではないかと書かれていたのです。これなら賄賂の可能性
が出てくるのです。しかし、川崎市としては、企業をテクノピア
地区へ誘致するさい、それを特定街区にすることは企業側に話し
それを前提として営業しているはずです。それにその便宜を受け
るのはリクルートだけではないのです。
 さらにリクルート側は、小松助役に対し、コスモスの未公開株
をファーストファイナンスというリクルートグループの金融会社
の融資まで付けて譲渡しているのです。これなら、手持ち資金が
なくても未公開株の譲渡を受けられるのです。
 しかし、世の中というものは、濡れ手で粟を掴むような大儲け
をした人には厳しいものです。「うまくやりやがったな」と思わ
れてしまうからです。結局、小松助役は解職になったのですが、
検察は動かなかったのです。どうしてかというと、譲渡されたの
が未公開株で、賄賂性の立証が困難であったからです。
 この件について、田原総一朗氏は、自著『正義の罠』(小学館
刊)で次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 朝日新聞の横浜支局が川崎市助役とリクルートとの関係につい
 てのスクープを得た舞台裏について、こう説明している。「朝
 日新聞の横浜支局が、神奈川県警の捜査二課が川崎市役所の小
 松助役のサンズイ(汚職)を追及していて、捜査の進展が早そ
 うだ、という確かな情報を掴んだのは、88年4月上旬であっ
 た。ただし、二課の動きを察知したのは、朝日新聞だけではな
 かった。捜査二課に張り付いていれば、掴める動きであった。
 贈賄側がリクルートコスモスだという事実も掴んだ。小松助役
 の逮捕近し、との感触も県警筋から得ていた。ところが、5月
 中旬に神奈川県警は捜査を断念した。贈賄側(リクルート)の
 時効である三年を超えていたことと、譲渡されたのが未公開株
 で、賄賂性の立証が困難だと判断したのであった。各社は県警
 の断念で取材を打ち切った。事件にならない素材を追及しても
 意味がないと考えたのである。だが、朝日新聞の横浜支局だけ
 は、逆に取材体制を強化した。実をいえば、横浜支局でも取材
 を打ち切ろうという意見が強かったのであるが、デスクの山本
 博が「取材を続行すべき」だと強硬に主張したのである。
        ──田原総一朗著、『正義の罠』(小学館刊)
―――――――――   ――──[ジャーナリズム論/07]


≪画像および関連情報≫
 ●かわさきテクノピア地区とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  テクノピアと言っても実態は先端企業の貸事務所と1.2階
  は店舗の普通のビルで、このアリーナは昼食時のみ、食事を
  する人たちで満杯となるがその他の時間は何もない空間であ
  る。周辺には東芝のオフィス、データーベースを保管する川
  崎テックセンターなどがあるが、事務所ビル街といった感じ
  で潤いが余りない。残念だがまだ工業都市の事務所街であり
  情報化社会のオフィス群になっていないと言うのが正直な感
  想である。とは言えこの地域は、かの有名な”リクルート事
  件”の発端となった場所である。
  http://blog.goo.ne.jp/goo200803/e/f11773e25a30f92d215b47218f5edc65
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かわさきテクノピア地区.jpg
かわさきテクノピア地区
posted by 平野 浩 at 04:16| Comment(0) | TrackBack(0) | ジャーナリズム論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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