あると思ったことはないでしょうか。
その典型はテレビの政治報道です。日曜日の午前中は政治番組
が多いのですが、一番時間が早いのは、午前7時30分のフジの
「新報道2001」です。その番組に出演した与野党の議員が午
前9時からのNHKの「日曜討論」にも出演し、さらに午前10
時からのテレビ朝日の「サンデープロジェクト」(現在は「サン
デー・フロントライン」)に出演することが多いのです。
テーマも似たり寄ったりであり、発言も同じ人間ですから、同
じというわけで、そこに新鮮さは何もないし、番組の特徴という
か、個性がほとんど出ていないのです。政治に関心のある視聴者
は、日曜日の一連の政治番組をハシゴして視る傾向があることぐ
らいテレビ局はわかっているはずです。
テレビだけではないのです。新聞も同じです。各紙のどの記事
も基本的に同じ内容なのです。ほとんどがワイヤーニュースが中
心で、分析・批判記事が少ないので、どの新聞の記事も同じに見
えてしまうのです。
どうしてこうなってしまうのでしょうか。
上杉隆氏は、著書において国会での次のような不思議な光景を
披露しています。
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国会で取材をしているとしばしば不思議な光景に出くわす。何
人もの記者たちが円陣を組んで額をつき合わせている光景だ。
ひとりの記者がメモを片手に何かコメントを囁いている。周囲
の記者たちは、逐一その語彙を確認しながら、ペンを走らせて
いる。ライバルに対して塩を送るようなこの行為は「メモ合わ
せ」と呼ばれている。 ──上杉隆著
『ジャーナリズム崩壊』/幻冬舎新書089
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日本の記者は、なぜ「メモ合わせ」をするのでしょうか。
それは、同じテーマの記事について自分の書いた記事が間違っ
ていたら困ると記者が考えているからです。これではまるで期末
試験を前にした大学生が、教授の講義の内容の把握・理解に間違
いがないかどうかの内容合わせをしているのと何も変わらないと
思うのです。記者がこのような考え方では、新聞の記事の内容が
同じようになるのは当たり前のことです。
さらにこんな話があるのです。日本の新聞記者はあるスクープ
を掴んで、記事を書いたような場合、どの新聞社も後追い記事を
書いてこないと不安になるそうです。
そこで何をやるかというと、信じられないことですが、自らの
ライバルにたちに情報をリークして、他紙に同じテーマの後追い
記事を書かせるというのです。そうしないと、スクープを書いた
記者は安心できないのです。違っていたときの責任回避です。
これについて、上杉隆氏は、怒りをもって次のように述べてい
ます。海外の記者であれば、このようなことは絶対にやらないこ
となのです。
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彼らの職業は一体何なのか?自分を信頼できない人間が、記者
と名乗って自信のない記事を書く。それを読むのは読者だ。読
者こそが災難だ。一体、自らの自信の持てない記事を出して、
どのように読者を納得させようとしているのか。どの新聞を読
んでも同じなのは、こうした無意味な横並び意識を持ったまま
取材を行い、執筆しているからであろう。哀しいかな、これが
日本の新聞の現実なのだ。 ──前掲書より
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日本の新聞の場合、基本的な記事については、各紙ほとんど同
じになるからくりについてはここまで述べた通りですが、その分
スクープに属する記事については週刊誌で報道されることが多い
のです。新聞で報道する前に週刊誌で報道しておいて、それが間
違いなくその通りであると判明した時点で、そうする価値があれ
ば、はじめて新聞が後追いすることが少なくないのです。週刊誌
なら、多少問題のあることを書いても大丈夫であると考えている
のでしょうか。
しかるに、現在最も売れている新聞は読売新聞で約1000万
部であるのに対し、もっとも売れている週刊誌は「週刊文春」で
その発行部数は約60万部程度といわれているのです。この数字
をみると、日本は新聞だけを読んで週刊誌を読まない人が非常に
多くいることがわかります。
ところが、週刊誌の世界では、スクープに属する比較的詳細な
記事──ジャーナリスティックな記事──が多く掲載されるのに
対し、新聞では横並びの似たような記事しか掲載されないという
ことになると、週刊誌を読まない多くの日本人には真実を伝える
情報が届かないことになります。
もちろんテレビがあるので、情報不足になることはないとして
も、テレビでは週刊誌ほど詳細に情報を伝えられないことも多く
あるのです。
日本の新聞は週刊誌をバカにしているところがあります。それ
は新聞が週刊誌の記事を引用するとき、「一部週刊誌が報じたこ
とによると」という表現をよく使うことによってそれがいえると
思うのです。引用であるのに、きちんとその週刊誌のクレジット
を入れていないのです。これは新聞のメンツ以外の何物でもない
と上杉隆氏はいうのです。
もし、日本の新聞の記事が海外の新聞のようにワイヤーニュー
スと分析と批判記事に切り分けされ、両方掲載されるようになれ
ば、国民の「知る権利」にとって重要な存在になります。そのた
めには、日本の新聞には大きな改革をする必要があります。
しかし、日本の新聞の改革は容易なことではできないのです。
日本の場合は、新聞だけでなくテレビや雑誌などを含めたマス・
メディア全体の改革が必要になるからです。このあと、ひとつず
つ見ていくことにします。――──[ジャーナリズム論/04]
≪画像および関連情報≫
●上杉隆氏のプロフィール
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1968年福岡県生まれ。NHK報道局勤務、衆議院議員公
設秘書、ニューヨーク・タイムズ東京支局取材記者を経て、
2002年よりフリーランスのジャーナリストとして活動。
著書『官邸崩壊』(新潮社)はベストセラTに。NHK勤務
に関し経歴詐称を取り沙汰されるが、東京地裁が認定した2
年超の勤務実態を根拠に反撃。中傷にも屈しない打たれ強さ
に定評がある。徹底した取材と精緻な分析で、記事・作品を
発表するたび永田町が震撼する気就のジャーナリスト。
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上杉隆著「ジャーナリズム崩壊」/幻冬社