で、次のように読者に問いかけています。「日本にジャーナリズ
ムはあるのだろうか」と。これに対して、上杉隆氏は自ら次のよ
うに答えています。
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結論から先にいえば、「日本に『ジャーナリズム』はある」。
ただし、それは日本独特のものであり、海外から見ればジャー
ナリズムとはいえない。 ──上杉隆著
『ジャーナリズムの崩壊』/幻冬舎新書089
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マスコミ、ジャーナリズム、報道、取材などなど、いろいろな
言葉が使われていますが、それぞれの言葉の意味することをちゃ
んと区別できるでしょうか。
とくに「マスコミ」と「ジャーナリズム」は、同じもののよう
に考えている人が多いですが、これらは次のように、ぜんぜん別
のことを意味する概念なのです。
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マス・コミュニケーション ・・・・・ 現実
ジャーナリズム ・・・・・ 理念
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現代社会には、利害ではなく特定の理念によって構成される社
会領域があるのです。ジャーナリズムもそのひとつです。その社
会領域で働く人々は、そうした理念に基づいて活動するのです。
しかし、時間が経過するにつれて、そうした理念はさまざまな利
害によって浸食され、形骸化していくことが多いのです。
マス・コミュニケーションは、もともとジャーナリズム活動と
してはじまり、それを柱として発展してきたという歴史的事情が
あります。しかし、その発展プロセスの中で、ジャーナリズムの
理念がしだいにその比重をうすめて、ジャーナリズムがマス・コ
ミュニケーションのひとつの機能に過ぎないと考えられるように
なっていったのです。そのため、「理念」をあらわすジャーナリ
ズムが「現実」をあらわすマス・コミュニケーションとよく混同
されるのです。ジャーナリズム研究家の新井直之氏は、ジャーナ
リズムの本質を次のように述べています。
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ジャーナリズムの本質とは、「いま言うべきことをいま言う」
ことであり、「いま伝えなければならないことをいま伝える」
ことである。『伝える』とは、いわば報道の活動であり、『言
う』とは、論評の活動である。それだけが、おそらくジャーナ
リズムのほとんど唯一の責務である。 ──新井直之氏
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民主主義とは何でしょうか。
民主主義とは国民が直接的、間接的に政治に参加すること──
自分たちのことは自分たちで決めるという原則です。そのとき、
重要なのは、自分で決定するさいの知的条件というか情報──自
分たちの現状について、できるだけ正確で詳しい知識や情報を有
している必要があるということです。
国民一人ひとりが平等に自分たちの現状について、その知識や
情報を平等にわかちあっていることが民主主義の前提条件という
ことになります。これが「国民の知る権利」です。
ところが、民主主義的手続きによってひとたび権力が成立する
と、意思決定に必要な知識や情報が権力の極の方に集中し勝ちに
なり、平等に配分されなくなってくるのです。もし、この傾向が
放置されると、権力は国民による正当なコントロールから外れ、
逆に権力が国民をコントロールする事態を招くことになります。
そうならないようにするため、なんらかの制度的対策が必要に
なってきます。新井直之氏が前述したように、「いま言うべきこ
とをいま言う」ことと「いま伝えなければならないことをいま伝
える」こと、すなわち、ジャーナリズムが要請されるのは、この
ためなのです。ジャーナリズム活動の正当性は、国民がもともと
もっている「知る権利」の代行──具体化にあります。
原則論はこのくらいにして、日本の現状について考えてみるこ
とにします。日本において「ジャーナリズム」といっているのは
海外における「ワイヤーサービス」に該当するのです。それでは
「ワイヤーサービス」とは何でしょうか。
ワイヤーサービスとは、日本でいうと、共同通信や時事通信の
ような通信社のことをいうのです。すなわち、ワイヤーサービス
とは、速報性を最優先業務とするメディアのことです。ここで重
要なのは通信社と新聞社はその役割が違うということです。
通信社と新聞社はどこが違うのでしょうか。
1999年7月にANA61便がハイジャックされたことを覚
えているでしょうか。そのとき上杉隆氏は、ニューヨーク・タイ
ムズでインターンとして働きはじめたばかりのときであり、いき
なり大事件に遭遇していささか慌てたそうです。自分は何をすベ
きかわからなかったからです。
そこで、上杉氏は当時の支局長であるニコラス・クリストフ氏
に電話をして指示を仰いだのです。
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今ハイジャックが発生している。当該機はまだ飛行中だ。私は
羽田空港に行くべきか、運輸省(当時)に行くべきか、あるい
は全日空の本社に行くべきか、判断がつかない。他のスタッフ
との兼ね合いもあるだろうから、支局長からの指示がほしい。
──前掲書より
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日本の新聞社なら「すぐ空港へ行け!」というような指示が出
されることが予想されたのですが、クリストフ支局長からは予想
に反して次のような暢気な返事が返ってきたのです。
「なぜそんなに慌てる必要があるのか」と。それから、支局長
はゆっくりと解説をはじめたのです。
――──[ジャーナリズム論/02]
≪画像および関連情報≫
●ワイヤー・サービス(Wire Service)とは何か
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プレスリリースを、メディアに配信し、さらにサービス事業
者のウェブサイトや提携メディアに掲載する広報通信サービ
ス。日本では配信だけを行うサービスも多い。元は報道機関
にニュース情報を提供している通信社が、電話回線などを使
って企業のリリースを配信していたため「ワイヤー」と呼ば
れている。リリース配信先をサービス事業者が最新のものに
保ってくれることや、リリース掲載によってリンクが増える
ことが、サービス利用のメリットだといわれている。
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上杉 隆氏
http://www.socius.jp/lec/12.html