2010年03月23日

●民主党とはどのようにして誕生したか(EJ第2778号)

 ここで、現在の民主党という政党が、どのような政党なのかに
ついて知っておく必要があります。小沢は後から民主党に参加し
ていますが、その流れをみると、民主党という党も小沢の政治活
動の影響によって誕生した政党であるともいえるのです。
 1993年の宮沢政権崩壊によって新党が乱立します。小沢一
郎の新生党、武村正義氏らの新党さきがけ、細川護煕氏らの日本
新党などがそうです。そのとき、岡田克也氏は新生党、現総理の
鳩山由紀夫氏は新党さきがけにいたのです。
 そして行われた第40回衆議院選において、主として日本新党
から、現在の民主党の主要メンバーになっている、枝野幸男、前
原誠司、野田佳彦、小沢鋭仁などの各氏らが政治改革を訴えて当
選してきているのです。
 その選挙の結果、小沢は8党派連立による非自民・非共産連立
政権を樹立して、政治改革4法案を成立させたのです。しかし、
そのときの小沢の強引な党運営が災いして政党間の対立が表面化
し、新党さきがけと社会党が相次いで連立から離脱し、自社さ連
立政権が誕生したことは既に述べたとおりです。
 翌1994年、小沢は羽田氏や岡田氏らと野党に下野した勢力
の多くを結集させて新進党を結党します。本当はこのとき、自民
党対新進党の二大政党制が少し見えたのですが、ここでも小沢の
党運営手法をめぐって意見が対立し、羽田孜氏らが離党して太陽
党を結成し、公明党も離脱して新進党は瓦解してしまうのです。
1997年12月のことです。
 小沢は直ちに自由党を結成し、新進党の多くの議員は古巣の自
民党に戻ったのですが、そのまま野党にとどまる勢力があったの
です。彼らは新党を作ったり、院内会派を組んだりして野党とし
て政治活動をやっていたのです。
 一方、鳩山由紀夫氏、管直人氏らは新党さきがけに参加して、
自民・社民との連立政権の一翼を担っていたのです。菅氏は厚生
大臣に就任して、薬害エイズ問題の厚生省追及などで世論の脚光
を浴びたのですが、1996年9月に鳩山、菅、前原氏らの自民
党との連立に見切りをつけた議員が党首の武村正義氏と決別して
社民党の一部議員とともに新党の結成に動いたのです。これが、
現在の民主党の源流となる「旧民主党」なのです。
 1998年1月、旧民主党は、新進党から分党した民政党、新
党友愛、民主改革連合と院内会派「民主友愛太陽国民連合」――
民友連を結成し、合流に向けた協議を開始したのです。旧民主党
の枝野幸男氏、民政党の岡田克也氏、新党友愛の川端達夫氏が基
本理念をまとめる協議を行い、合意に達したのです。その結果、
誕生したのが民主党です。1998年4月27日のことです。
 2003年9月、この民主党に小沢の自由党が合併し、現在の
民主党となったわけです。合併とはいうものの、民主党による自
由党の吸収合併だったのですが、小沢もあまり条件をつけなかっ
たのです。小沢の戦略は「ひさしを借りて母屋を乗っ取る」であ
り、それは成功しつつあるものの、トラブルもあるのです。
 このような成立の経緯から見てわかるように、民主党という政
党は、自民党から旧社会党の出身者までが含まれ、それこそ右か
ら左までをすべて含んだ政党なのです。事務局には、社会党の最
左派、社会主義協会の職員も多くいたのです。
 この民主党の事務局長を務めたのが現・政治アナリストの伊藤
淳夫氏なのです。伊藤氏は元自民党職員で、羽田孜氏らと行動を
ともにし、太陽党事務局長も務めていたのです。
 民主党の結党当時は、事務局は「書記局」と呼ばれていたのを
反対を押し切りながら事務局に変更するなど、まともな政党にし
ようと伊藤事務局長は民主党の裏方として努力したのですが、や
がて袂を分かつことになるのです。
 「民主党は大政翼賛会化しつつある」――佐藤優氏はこのよう
にいっています。大政翼賛会とは何なのでしょうか。
 大政翼賛会とは、1940年10月12日から1945年6月
13日まで実際に存在していた政党です。公事結社、国粋主義的
勢力から社会主義的勢力までをも取り込んだ左右両方に大きなウ
イングを広げた組織のことです。かつて大政翼賛会を中心に太平
洋戦争下での軍部の方針を追認し、それを支える体制を「翼賛体
制」といったのです
 民主党の「左」から見て行くことにします。民主党は社民党の
連立を大事にしています。しかし、それよりも注目すべきことは
民主党が自公政権時代には反体制的であるとしていた人物を内閣
府の参与などに就任させているケースです。つまり、社民党だけ
でなく、新左翼系にまで幅を広げている点です。
 さらに、今年の1月12日、全日本鉄道労働組合総連合会――
JR総連の賀詞交歓会に出席した民主党の山岡賢次国会対策委員
長は、7月の参議院選挙でJR総連の組織内候補者を民主党とし
て公認すると約束しています。
 JR総連というのは、公安警察と緊張関係にある戦闘的な労働
組合なのです。これを体制内に取り込んでしまうと、民主党政権
に対立する左翼勢力は、日本共産党と新左翼主義のごく一部に過
ぎないことになります。
 それでは、「右」に関してはどうでしょうか。
 3月12日のEJ第2772号でも述べたように、小沢は全日
本仏教会にまでウイングを広げているのです。小沢は、自民党支
持の神社界――神道政治連盟を自民党から切り離す工作を行って
いるのです。
 このように、右中の右から新左翼勢力までのウイングを持つの
が現在の鳩山連立政権なのです。まさに民主党は大政翼賛会化し
つつあるといっても過言ではないのです。
 小沢は、二大政党制の1つとして、もはや自民党を考えてはい
ないのです。それだけではないのです。当の民主党も2大政党制
の1つとは考えていないと思います。いずれにしても7月の参議
院選で過半数を取って、すべてをガラガラポンとして、二大政党
の再構築を狙っていると思います。―――[小沢一郎論/54]


≪画像および関連情報≫
 ●大政翼賛会とは何か
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  1940(昭和15)年10月、近衛文麿総理大臣を中心に
  新体制運動推進のために創立された組織。総裁には総理大臣
  が当たり、道府県支部長は知事が兼任するなど官製的な色彩
  が濃く、翼賛選挙に活動したのをはじめ産業報国会・大日本
  婦人会・隣組などを傘下に収めて国民生活のすべてにわたっ
  て統制した。1945年国民義勇隊に再編され解散した。な
  お、42(昭和17)年4月30日の第21回総選挙では、
  東条英機首相招請の各界代表が結成した翼賛政治体制協議会
  による推薦候補者381名が当選して、全議席の8割余を占
  めたという。
  http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/taiseyokusannkai.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

政治アナリスト/伊藤淳夫氏.jpg
政治アナリスト/伊藤淳夫氏

posted by 平野 浩 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 小沢一郎論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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