ついて考えていきます。昨日指摘した御厨貴氏だけでなく、大学
の政治学の教授の中には、小沢一郎という政治家の見方を間違え
ている人が多くいます。拓殖大学大学院教授の遠藤浩一氏は、小
沢一郎を理念的正当性やまっとうな目的を持たない政治家と決め
つけ、次のように述べています。
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新生党、新進党の頃は、構造改革の必要性を説き、日本を「普
通の国」にせよと訴え、日米同盟の大事を力説していた。しか
し、小泉純一郎総理に構造改革路線を攫われて以降は、自民党
のやることなすことに、ただ条件反射的に反対したり差別化す
るようになった。要するに「反自民」と「政権交代」が小沢氏
の掲げる唯一つの疑似理念になってしまったのである。
――『「小沢一郎」研究』/『新潮45』4月号別冊
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小沢を理念や目的を持たない政治家と決めつけていますが、き
わめて一面的な見方であると思います。小沢一郎について書きな
がら、小沢自身についてほとんど調べていないような感じがしま
す。おそらく小沢を好きではないのでしょう。
昨日のEJで述べたように、小沢は政治家になる以前から官僚
政治に疑問を持っており、体制変革を政治目標に政治家生活40
年間を過ごしてきているのです。そのほとんどは野党であったに
もかかわらず、さまざまな政治手法を駆使して、体制変革の目標
に一歩一歩近付けてきているのです。そういう意味で小沢は驚く
べき力量のある政治家であり、40年を経過してもつねに日本政
治の中心で現在も活躍しているのです。
「転」の時代──小沢にとって「転」の時代の10年間は、変
転きわまりないものであったのです。1993年7月に実施され
た第40回衆議院選──これは自民党宮沢政権の不信任案可決を
受けての選挙ですが、新生党を結成した小沢たちにとって最初の
選挙となったのです。
44人の自民党議員が離党して新生党を結成し、羽田孜氏が党
首になり、小沢は代表幹事に就任したのです。新生党の動きと前
後して、武村正義氏ら10人も離党して新党さきがけを結成、そ
の中には現首相の鳩山由紀夫氏もいたのです。その一年前には、
細川護煕氏が日本新党を旗揚げしており、それらが一斉に選挙に
挑んだのです。そして、選挙の結果は次のようになったのです。
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自 民 党 ・・・ 223 民 社 党 ・・・ 15
社 会 党 ・・・ 70 共 産 党 ・・・ 15
新 生 党 ・・・ 55 さきがけ ・・・ 13
公 明 党 ・・・ 51 社 民 連 ・・・ 4
日本新党 ・・・ 35 無 所 属 ・・・ 30
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このときの過半数は256議席であったのですが、自民党はそ
れを大きく割り込んだのです。しかし、それでも自民党は圧倒的
な第一党であり、当の自民党も世間も33議席以上を持つ政党と
連立を組めば政権は維持できると考えていたのです。
しかし、自民党が茫然自失している間に素早く動いたのは小沢
なのです。投票日の翌々日、小沢は社会党の田辺誠前委員長、公
明党の市川雄一書記長、民社党の米沢隆書記長、それに連合の山
岸章会長を集めて会議を開いたのです。
そのとき集まった面々は、選挙は負けたという認識を持ってい
たといいます。しかし、共産党を除く8党派の票を合計すると、
過半数の256を上回ることがわかったのです。
しかし、このままでは、日本新党とさきがけは自民党と連立を
組んでしまうことはわかっていたのです。そこで、小沢は、この
2党の説得工作を引受けて動き出したのです。このときのことを
小沢は後で次のように述懐しています。
社会党は70議席と議席を半減させ、茫然自失していたので、
うまくいったが、そうでなかったら、社会党を首班にしろといい
出してまとまらなかったかもしれない、と。
しかし、小沢は、細川首相構想と最左派の土井たか子衆議院議
長構想を軸に一気に日本新党とさきがけを説得し、8党派をまと
め上げたのです。そして、1993年8月、細川非自民8党派連
立政権が誕生したのです。これをもって、自民党単独政権は38
年でピリオドを打ったのです。そして、この年の11月に田中角
栄は75歳でこの世を去っています。
この細川連立政権において、小沢は自らの目標である体制変革
を行うための前提である「小選挙区比例代表並立制」を成立させ
年間300億円の政党交付金制度を成立させているのです。そし
て以後17年間、これら2つの制度が日本の政党政治に大きな影
響を与えることになるのです。
後にこの「小選挙区比例代表並立制」の効果を聞かれた小沢は
次のように答えています。
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(大きな効果が)ありました。何の効果もないようなことをい
う人がいるけど、細川政権で実現してから、自民党の退潮傾向
が一気に強まった。もう元に戻ることはないだろう。
――『「小沢一郎」研究』/『新潮45』4月号別冊
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このようにいうと、「やはり小沢の目的は自民つぶしではない
か」といわれますが、小沢の最終目標は、民主党対自民党の2大
政党制ではなく、さらに大規模な政党再編を狙っているのです。
しかし、今になって振り返ると、この細川連立政権のとき、小
沢のとった手法はあまりにも乱暴であり、その政治手法が警戒さ
れ、小沢は苦労することになるのとです。そして、2003年7
月に自由党党首として民主党の管直人代表と合併に合意するまで
の9年間に小沢のやったことは、政党を作っては壊し、壊しては
作るの連続だったのです。 ―――[小沢一郎論/51]
≪画像および関連情報≫
●政党交付金とは何か
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政党交付金とは、政党の活動を助成する目的で国庫から交付
される資金。日本においては政党助成法に基づいて一定の要
件を満たした政党に交付される。なお、政党が政党要件を満
たさなくなっても政治団体として存続する場合には、政党で
あった期間に応じて特定交付金が交付される。政党助成金と
も呼ばれる。 ──ウィキペディア
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小沢一郎民主党幹事長



というのが、あなたのこの日の主張。
しかし、冗長に電子資源を浪費した長文は、結局の所、
「小沢は、やっぱり、理念的正当性やまっとうな目的なんか持ってません!」
と証明する文になってますね。
あなたは、「体制変革が政治目標」と延々書いているが、その「体制変革」が、
まさに『要するに「反自民」と「政権交代」という唯一つの疑似理念』と、遠藤浩一氏が書いているそのものなわけですよ。
つまり、あなたは、遠藤浩一氏の言を肯定しているだけ。
小沢を擁護するつもりで、まったく反対のことになっている。
遠藤浩一氏が、わざわざ詳しく修飾して書いているように、
“理念的正当性”や“まっとうな目的”が無い、ということが問題。
「体制改革」は、“政治的には”、“理念的正当性”や“まっとうな目的”では無いんだよ。
あなたは、それをまったく理解できていない。
「体制改革」は、まさに「反自民」、「政権交代」という“政治手法”“政治プロセス”の一つであって、正当性のある政治“理念”や“目標”では無い。
(逆に、遠藤氏が最初に書いているように、“構造改革”“日本を「普
通の国」にせよ”というのは、政治的に意味のある理念。)
「今ある体制をひっくり返したい」という手法やプロセスだけが目標となってしまい、「で、その後何がしたいの?」という、まっとうな政治的な理念等がまったく見られないことが、小沢が政治家としてまったく評価されない根本的な原因。
そのくらいも理解できずに、小沢を擁護しようとしても、アラばかりで逆に小沢の足を引っぱるだけでは?(笑)
小沢云々の前に、「政治」というものにまったく無知なあなたには、
自分で書いた次の文章が、そのまま跳ね返ってくるでしょう。
『小沢を理念や目的を持つ政治家と決めつけていますが、きわめて盲目的な見方であると思います。政治家について書きながら、政治自身についてほとんど調べていないような感じがします。おそらく小沢を盲信しているだけなのでしょう。』
(この投稿は掲載されないんでしょうね。メールは不要。返信はコメント欄で下さい。)
政党制ではなく、さらに大規模な政党再編を狙っているのです。
同感です。
小沢一郎は、自分のその時々の心情に忠実に動きすぎ、とらえどころのない人に見えています。
でも、彼の目はもっと先を見据えています。
今出したら、つぶされかねない展望を持っている侮れない人物です。