2009年10月27日

●「A社とM社のOSの考え方の違い」(EJ第2682号)

 10月22日に「ウインドウズ7」が発売されましたが、この
OSは従来のOSのバージョンアップとはかなり異なるのです。
これからのスマートフォン時代には、OSが非常に重要な意味を
もってくるので、アップル社のOSを中心にOSの問題を考えて
いきたいと思います。
 1985年にスティーブ・ジョブズをアップル社から追放した
CEOジョン・スカリーは、アップル社としてのビジョンを求め
ていたのです。そこで、スカリーが目をつけたのは社内のスティ
ーブ・サマコンという技術者が手がけていたペン入力コンピュー
タ技術だったのです。
 スカリーCEOは、これを「ニュートン・プロジェクト」とし
て推進したのです。そして、1993年に「アップル・ニュート
ン」として発売しているのです。日常生活のさまざまなシーンで
人間の情報活動をサポートする世界初の手帳型PDAとしてそれ
は大きな話題を呼んだのです。
 当時携帯端末の担当をしていた私は、この「アップル・ニュー
トン」をシャープの展示会で手にしたことがあるのですが、操作
が複雑でハードウェア的にもソフトウェア的にも完成度は今一つ
というマシンだったことを記憶しています。しかし、今から考え
ると、これが現在のアイフォーンの原型であったといえなくもな
いのです。
 「ニュートン・プロジェクト」はその後も継続され、1997
年には相当完成度の上がった「ニュートンメッセージパッド20
00」を発表しています。しかし、当時業績が悪化していたアッ
プル社には、PCのOSと合わせてニュートン用のOSの開発を
続ける余力がなくなり、アップル社に復帰したジョブズによって
「ニュートン・プロジェクト」は中止されたのです。
 もともと現在のウインドウズのようなOSの原型を世界で一番
早く開発したのはゼロックス社のパロアルト研究所であり、その
OSは「アルト」という小型コンピュータに搭載され、既にマウ
スも付いていたのです。
 アップル社は、OSには相当の力を入れて、リスクを恐れず最
高のものを取り入れてきています。1983年に発表された「リ
サ」にも、続いて発表された「初代マック」にもGUI――グラ
フィカル・ユーザー・インターフェースという概念が取り入れら
れているのです。これは、当然パロアルト研究所のGUIが参考
にされているのです。ジョブズCEOは、同じカリフォルニアに
あるパロアルト研究所には何度も足を運んでいるのです。
 しかし、パロアルト研究所はGUIの技術をコンピュータに応
用するのには消極的だったのです。ゼロックス社の考え方を知っ
て失望したジョブズは、ゼロックス社にその気がないのであれば
われわれでやろうじゃないかと決心したのです。
 そして、ゼロックス社から技術者を引き抜き、自社のスタッフ
に合流させて、その後20年にわたってPCの業界に影響を与え
た「マックOS」を送り出したのです。
 「マックOS」の歴史を振り返ると、2つの時期に分かれるの
です。最初は「OS」という名称を使わず「システム」と表記し
ていたのですが、バージョン7までは「システム」と呼び、バー
ジョン8以降「マックOS」の名称を使っています。
 ここでOSに関してアップル社とマイクロソフト社の考え方の
違いについて述べておく必要があります。マックの開発チームは
OSについて次のようにいっているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   OSは限りなく透明に近い存在であるべきである
               ――マック開発チーム
―――――――――――――――――――――――――――――
 つまり、アップル社においてOSとは、ユーザーにとって完全
な裏方の役割に徹するべきであって、正面にしゃしゃり出るべき
ものではない――これが「透明に近い存在である」という意味な
のです。そのため、1984年のマックOSにアップル社はとく
に名前を付けず、「システム1.0」と呼んでいたのです。
 これに対してマイクロソフト社は、アップル社とは対照的にあ
たかもOSがコンピュータのすべてであるような宣伝を行って、
ウインドウズを売り出しているのです。つまり、OSがつねに前
面に出ているのです。そのため、ユーザーは、OSとアプリケー
ションの違いもよくわからないのに、OSの名前だけは強く意識
させられてきたのです。
 その後のマックOSの進化について、既出の大谷和利氏は次の
ように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 その後のマックOSの進化も、単なる機能向上に留まらず、美
 しいテキスト表示を実現するためのアウトラインフォントの充
 実や、音楽やデジタルビデオの編集と再生を強力に支援するマ
 ルチメディア技術「クイックタイム」の実装、世界の主要言語
 のシステムレベルでのサポートなど、それまで生産性ツール的
 側面の強かったコンピューターをクリエイティブなメディアへ
 と変貌させる役割を果たした。       ――大谷和利著
     『iPhone をつくった会社』/アスキー新書/073
―――――――――――――――――――――――――――――
 1996年にジョブズがアップル社に復帰すると、OSも大き
な変化を遂げるのです。「マックOS」バージョン8の時点で、
ネクスト由来の新技術を取り入れた新しいOSの導入が進められ
「マックOS」バージョン9を経て、「マックOS−X」(エッ
クスではなく『テン』)として登場するのです。
 マイクロソフト社のOSは、バージョンが上がるごとに機能が
強化されてきたのですが、それはビスタまでであって、この22
日に発売された「ウインドウズ7」は、ビスタのマイナーアップ
デートに過ぎないといわれているのです。「ウインドウズ7」対
「マックOS−X」──これについては、明日のEJで述べるこ
とにします。  ――[クラウド・コンピューティング/10]


≪画像および関連情報≫
 ●アップル・ニュートンについて
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ニュートンは主に次の2つの理由で商業的には失敗したとい
  える。一つは高価であった(2000型および2100型は
  1000ドル近くした)ことと、もう一つは大きすぎた(標
  準的なコート、シャツ、パンツなどのポケットに収まる大き
  さではなかった)ことである。また、評論家はその手書き認
  識についても酷評した。ニュートンは手書き入力をうたい文
  句にしていたが、初期の頃は非常に不正確な認識しかできな
  かった。手書き認識システムは、ロシアのパラグラフ・イン
  ターナショナル社がライセンス供与した「カリグラファー」
  と呼ばれるエンジンを用いていた。
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

アップル・ニュートン.jpg
アップル・ニュートン
posted by 平野 浩 at 04:15| Comment(0) | TrackBack(0) | クラウド・コンピューティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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