として『「巨額の財政赤字」は本当か』という今回のEJのテー
マと同趣旨の特集を組んでいます。
この特集の冒頭に文京学院大学の菊池英博教授の論文が掲載さ
れています。内容はここまでご紹介してきたことが要領よくまと
められています。興味があるのはこの菊池論文に対する反論が掲
載されていることです。その一部をご紹介します。
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グロスの債務(粗債務)とネットの債務(純債務)は、どう理
解すればよいか。それは、政府債務の返済財源を何に求めるか
に依存する。もし政府債務を将来の租税などの収入によって賄
い、政府が保有する金融資産の売却収入を用いない方針ならば
グロス債務で把握するのが妥当だ。この状況では、ネット残高
は無意味である。――土居丈朗/慶応義塾大学経済学部助教授
『週刊/エコノミスト』2006年1月31日号より
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土居助教授の考え方は、財務省の考え方と同じです。既に述べ
たように、谷垣財務相は昨年の衆議院予算委員会で与党議員によ
る「なぜ、純債務でみないのか」という質問に対し、土居助教授
と同趣旨の答弁をしています。
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年金積立金や外貨準備は使い道が決まっていて、簡単に取り崩
せない。 ――谷垣財務相
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この主張は正しいでしょうか。
国の金融資産――例えば年金積立金は将来の年金給付に当てる
ものであり、確かに国債の返済財源ではありません。外貨準備も
急に外貨が必要なときのために備えて持っている外国通貨です。
しかし、国の財産であることにはかわりがないのです。
国債の発行は、これらの国の財産のことを十分考慮して行うべ
きであり、国債(国の国民に対する借金)の見合いの財産と考え
て何ら差し支えないはずです。日本国はこういう見合いの財産を
たくさん保有しているのです。
国の金融資産にはそれぞれ使途が決められていますが、国家存
亡のとき――国が滅んでしまうかどうかの瀬戸際のときには、そ
れらの財産を使うことがあります。
1997年のマレーシアの通貨危機のとき、マレーシア政府は
躊躇なく年金基金を担保にして国債を発行し、危機を乗り切って
います。国が危ないときでも、年金基金は将来の年金給付の資金
であるからといって使わず、みすみす国が滅ぶのを見ているので
しょうか。
子供の学費のために300万円の定期預金をしている家庭があ
るとします。この300万円は使途が明確な資金です。しかし、
この家庭は友人の借金の連帯保証をしたために家庭は火の車にな
り、どうしても緊急に200万円が必要になったとします。
そういうとき、300万円の定期預金はあくまで使途が決まっ
ているからと、家計崩壊をみすみす座視するでしょうか。財務省
の考え方はまさにこれと同じです。
常識的には、そうしないと思うのです。定期預金を担保にして
200万円を銀行から融資を受け、とりあえず危機を乗り切ると
思います。そして、借金となった200万円の返済については危
機を乗り越えたあと、対策を講ずればよいのです。
それにしても諸外国が政府債務を純債務でみているのに、なぜ
日本だけが粗債務にこだわらなければならないのでしょうか。理
解に苦しみます。
前記の土居助教授は、菊池教授の所論に反論して、菊池氏に代
表される所論――政府債務を純債務でみることは亡国論であると
しています。財務省としては大賛成でしょう。
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日本の政府債務を過小に評価し、あたかも厳しい財政再建が必
要ないかのように悲観的に論ずることこそ、財政破綻に導く亡
国論である。
――『週刊/エコノミスト』2006年1月31日号より
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要するに財務省は、国債の償還財源は税金以外にはないと考え
ているのです。確かに税金を使わないと返済できないかも知れま
せんが、その場合は経済を活性化して少しでも税収を増やし、経
済の足を引っ張るような重い税にしない経済面での努力が必要で
す。そして、何よりも大切なことは、適切な時期を選び、急ぎ過
ぎないことです。
デフレのもとでの緊縮財政と構造改革によって、サラリーマン
の給与が過去7年連続で減少しているこの時期に、小渕政権のと
きに恒久的減税と銘打ってはじめた定率減税を廃止し、それに加
えて消費税アップを含む大増税をあわててやる必要などないので
す。なぜなら、日本は財政危機ではないからです。
財務省はデフレをどのように認識しているのでしょうか。
デフレの下で緊縮財政をとれば、物価は下がり、名目GDPは
減額します。増えるのは財政赤字と政府債務だけです。それに伴
い税収が減るので、その分さらに財政支出を削減すると景気は悪
化し、名目GDPが減ってまた税収が減る――これはデフレスパ
イラルです。
かつて米国のクリントン大統領は、1993年から5年間で財
政を黒字にすることに成功しています。クリントン大統領は財政
支出のうち消費的支出を抑制し、投資支出――公共投資、地域開
発、教育費、職業訓練費など――に予算を集中させ、民間投資奨
励策を財政に組み入れた積極財政政策を展開して財政の黒字化を
実現したのです。
日本は、投資支出を削減するというまったく逆の政策をとって
増税を強行しようとしているのです。だから、政策危機といわれ
るのです。 ・・・ [日本経済11]
≪画像および関連情報≫
・土居丈朗慶応義塾大学経済学部助教授の主張
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政府債務は、政府が保有する金融資産が見合いであるわけで
はなく、将来の税収によって返済することを大前提としてい
る。日本の政府債務残高は、ネットの残高よりグロスの残高
に限りなく近い水準として把握するが、政策スタンスと整合
性で、妥当である。
――『週刊/エコノミスト』2006年1月31日号より
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