ない」という主張を展開してきました。しかし、この主張は現政
権の経済政策とは明らかに違うのです。それに政府を取り巻く数
多くの学者のなかで、菊池教授の意見は少数派なのです。
小渕政権以後の傾向ですが、大学の教授から大臣になるケース
が出てきています。その典型的なケースに竹中大臣(現総務相)
の異例なる出世があります。とくに小泉政権では、政治家として
の経験年数とは無関係に、首相のめがねにかなえば重要閣僚にな
れる可能性さえも出てきているのです。
こうなると、大学教授や識者の中には、意識してそれを狙う人
が出てきても不思議はないのです。そういう人たちは、当然のこ
とですが、時の政権の考え方には絶対反対はしないものです。た
とえそれが自分の考え方とはぜんぜん違っていてもです。
こういう人たちは政府の失政を正当化して擁護し、再度失政を
推進させようとさえするのです。それにしても財務省出身の経済
評論家の多いこと――彼らはテレビの政治番組に頻繁に出演して
顔を売り、財務省の政策を援護する論陣を張っています。
菊池教授は、こういう識者(大学教授を含む)は、一日も早く
退任するか、誤りを認めるべきであるといっています。そして菊
池教授は、そういう識者の一人として、池尾和人慶應義塾大学教
授を槍玉に上げています。菊池教授の指摘した池尾和人教授の主
張をいくつか上げておきます。
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・日本の対外純資産残高が世界一だとか、国内貯蓄は十分に存
在し、国債はほとんど国内で消化されている、という類の議
論はほとんど意味のないものである。
・景気が回復すれば、税収が増えて財政赤字がなくなるといっ
た自然治癒のシナリオなどまったく成り立つものではない。
――以上、池尾和人著、『銀行はなぜ変われないか』
公論社/2003年)
・資金の流れを官から民へ変えるためには、財政資金需要の圧
縮こそ不可欠である。そのためには、歳出の削減と増税を図
る以外にない。
――2005年8月6日号、『週刊ダイヤモンド』より
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菊池教授の本を読むと、池尾教授の考え方は間違っているよう
に思えますが、財政赤字をどのように解決するかについては、諸
説があって明快にこうだといい切れない問題なのです。
池尾教授は数あるエコノミストの中でもその主張が首尾一貫し
ていることで定評のある学者であり、ジャーナリストの東谷暁氏
が池尾教授を著名エコノミストの第一位にランクしていることを
EJ(2001年7月2日付、EJ第649号)で伝えたことが
あるのです。
ところで、私が財政について勉強をしたとき、大変参考になっ
た本があります。東京大学大学院経済学研究科教授の井堀利宏氏
の本です。その本の中で井堀教授は、財政赤字をめぐる論争につ
いて、次のように述べています。
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財政赤字がどのような経済的な意味を持っているのかは、理論
的にも実証的にも経済分析の大きな対象である。とくにアメリ
カでは、ケインズ的な立場と新古典派の立場に立つ経済学者の
間で、財政赤字の効果や公債の負担について、さまざまな論争
が行われてきた。研究結果はさまざまであり、必ずしも論争が
決着がついたとはいえない。財政赤字をめぐる論争に終りは見
えない。――井堀利宏著、『財政赤字の正しい考え方/政府の
借金はなぜ問題なのか』
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財政赤字について分析するとき、主としてマクロ・モデルを使
うのですが、どのようなマクロ・モデルを使うのかについて、ア
カデミックな世界でも、エコノミストの世界でも共通の枠組みが
存在しないのです。
そのため同じ現象に対する政策的提言についても、異なる理屈
で議論するので、まとまらないのです。菊池教授と池尾教授のケ
ースはまさにこれに該当すると思います。ただ、はっきりしてい
ることは政府の政策には間違いがあるということです。
菊池教授は、経済財政諮問会議委員の2名の大学教授の一人で
ある大阪大学教授の本間正明氏を政府の間違った政策の推進を助
ける学者として批判しています。本間教授は、『週刊ダイヤモン
ド』/2003年8月30日号の編集長インタピューで次のよう
に述べています。
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ケインズ幻想はいまや日本だけ、世界の経済理論は転換
している。 ――本間正明大阪大学教授
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本間教授は、ケインズ的考え方をする菊池教授たちを批判して
このようにいっているのです。ところで教授委員のもう一人は東
京大学教授の吉川洋氏です。吉川教授は、その著書である『転換
期の日本経済』(岩波書店/1999年)の中で「日本経済低迷
の原因は需要不足である」と明言しています。
そのため吉川教授が経済財政諮問会議の委員に選ばれたとき、
彼を歓迎する声が聞かれたのです。しかし、菊池教授はその期待
は裏切られたといっています。構造改革が典型的な需要抑制政策
であるにもかかわらず、吉川教授はこれに反対せず、最近は次の
ようにいっているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
構造改革とは経済の発展を阻害する要因を取り除くことで
ある。 ――2004年5月/経団連での講演
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現政権にはかかる学者が政策の推進を支えており、国を間違っ
た方向に導いていると菊池氏はいうのです。 [日本経済09]
≪画像および関連情報≫
・経済財政諮問会議
経済財政政策に関し、有識者の意見を十分に反映させつつ、
内閣総理大臣のリーダーシップを十全に発揮することを目的
として、内閣府に設置される合議制機関
