2001年10月23日

差押権者は解約権を行使できるか(EJ727号)

 EJ726号で取り上げた「生命保険の解約返戻金請求権の差
し押さえ」に関して、インターネット上で、何人かの法学者の意
見や最高裁判例を読んでみました。読んでわかったことは、これ
は法律上極めて微妙な問題であるということです。
 最近なぜこういうことが論議されるようになったかといえば、
不況が深刻化して、企業の倒産やリストラなどで職を失い、住宅
ローンなどの借金が返せなくなった個人債務者が増えていること
が原因であると思います。
 実際問題として、個人債務者は多くの場合、とくに見るべき資
産を有していないのが普通です。したがって、債権者が個人債務
者に対して債務名義(判決)を得ても、強制執行をするのは事実
上困難なのです。
債務者が不動産を所有していても、普通は金融公庫などの住宅
ローンが一番抵当に設定され、一番抵当以外の債権者には配当が
回ってこないからです。動産執行にしても、執行不能に終わるの
が普通であるし、債権執行にしても、電話加入権は、近時の市場
価格の下落により、2・3万円程度の回収しか期待できないので
給料債権を差し押さえるのが一番実効的な手段になっています。
ところが、失業者であれば、その給料債権がなくなってしまって
いるのですから悲惨です。
 しかし、多重債務者であっても生命保険や傷害保険に入ってい
るケースは比較的多く、その解約返戻金は意外に高額になってい
ることがよくあるのです。そこで、解約返戻金支払請求権を差し
押さえて、そこから債権を回収するという手段がよく取られるよ
うになってきたのです。
 父親が被保険者と契約者で、子どもが受取人である生命保険契
約について考えてみます。父親に多大の負債があり、それが約束
どおりに支払われなかったとします。この場合、債権者はこの保
険契約を差し押さえることは可能なのです。
 保険契約を差し押さえるこということは、保険契約者の有して
いる解約返戻金請求権を差し押さえるということを意味します。
この解約返戻金を差し押さえることについては以前から可能であ
るといわれてきたのですが、解約返戻金を差し押さえた債権者が
その債権者代位権に基づいて保険契約を解約し、解約返戻金を受
け取ることができるかどうかについては、法学者によって意見が
異なるのです。
 保険契約の差し押さえをしても解約権は契約者の意思を無視し
て行使されるべきではないという法学者の意見は、次のような論
拠に基づいています。
 1999年9月9日の最高裁の判決においてだだ一人反対意見
を唱えた遠藤光男裁判官は、次のように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 『生命保険契約の解約返戻金請求権は、保険契約者が解約権を
 行使することを条件として効力を発する一種の条件付き権利で
 ある。また、右請求権は、生命保険契約の核心をなす本来の保
険金請求権とは異なり、解約に基づいて発生する付随的権利に
 過ぎない』。(1999年9月9日、最高裁判決文より)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 そのうえで、遠藤裁判官は、差押権者が解約権を行使するかど
うかについては、個々のケースについて検討されるべきであり、
その生命保険契約の目的によって一定の配慮が行われるべきであ
ると述べているのです。
 生命保険の契約の目的はいろいろありますが、受取人の生活保
障あるいは社会保障の補完を目的とするものについては、その契
約の継続や解約の意思決定に債権者がみだりに干渉するのは許さ
れないとしています。
 例えば、被保険者が末期的症状にある病に冒されていて、近々
保険事故の発生により、多額の保険金請求権が発生されることが
予測される場合や被保険者が現実に特約に基づく入院給付金の支
給を受けている場合などに、第三者の手によって保険契約が解約
されてしまう事態を想定してみれば、そこに一定の配慮があるべ
きであるというのです。
 しかし、明らかに貯蓄を目的とする生命保険契約については、
預貯金と基本的に性格が異なるものではないので、解約権の行使
もやむをえないとしています。
 これに対して、保険契約は通常金銭債権と同様に差し押さえで
きるし、解約権も行使できると主張する法学者は次のように述べ
ています。
 まず、法的根拠としては、生命保険契約の目的が何であれ、解
約返戻金を差し押さえた差押権者は、民事訴訟法第155条によ
る差押権者による取立権を使って債務者の有する解約権を行使で
きるほか、民法第423条による債権者代位権に基づいて解約権
を代行行使できるので、法的根拠は十分であるとしています。
 百歩譲って保険の目的によって一定の配慮をするという立場に
立ったとしても、その目的を判断する根拠は極めてあいまいであ
り、基準としては不明確であって実際には使えず、現実的ではな
いと批判してします。
 それに、債務者は債権者からお金を借りており、それが約定通
りに返済できなくなったのにもかかわらず、自らが解約権を行使
して返戻金の支払いを受ければ、債務の一部でも返済できる義務
を怠っているとこの主張をする学者はいっているのです。
 確かに解約返戻金請求権を差し押さえしても、解約権を行使で
きないとすれば、債務者はおそらく保険料の支払いをしないであ
ろうから、自動振替貸付によって解約返戻金はどんどん減少して
差押権者にとって不利になります。
 それにその間にもし被保険者が死亡すれば、死亡保険金は受取
人の固有財産となり、差押権者の手の届かないところに行ってし
まうことになるのですから、差押権者に解約権行使を認めるべき
であるという考え方も納得できます。
 それにしても、こういうテーマが話題になるほど、現在の世の
中は暗くなっているのです。明日から別のテーマになります。


posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。