オバマ大統領自身が前面に出過ぎるように感じます。それは、金
融・経済問題に取り組む政権の責任者の力が弱いということを意
味しています。だから、大統領自身が前面に出なければならない
わけです。なぜ、うまくいかないのでしょうか。
うまくいかない理由について大前研一氏は、次のように味のあ
ることをいっています。
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100年に一度の危機に100年前の経済理論で対応しようと
いうところに、そもそも無理がある。 ――大前研一氏
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大前研一氏によると、ケインズ経済学以降のマクロ経済学は、
すべて「平時の経済理論」であって、有事のさいには役立たない
というのです。現在、世界各国はこの未曽有の金融危機を克服す
るために、財政出動を強化しようとしていますが、まさに100
年に一度の危機に100年前のケインズ経済学で対処しようとし
ているのです。だから、うまくいかないのであると。
これはなかなか面白い考え方であると思います。そうであると
「有事の経済理論」というものが必要になるわけです。現在の経
済危機において、G7とかG20で各国の金融担当者が集まって
議論していますが、本当のところはどうしていいかわからないと
いうのが本当のところです。酔っ払いでも務まるぐらいだから、
大した議論になっていない――このように大前氏はいうのです。
この有事の経済理論について、大前氏は、「SAPIO」3/
25号に次のタイトルの論文を書いておられるので、ご紹介した
いと思います。
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大前研一/小学館刊
誰も金融パニック渦中の「心理経済学」をわかっていない
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有事の経済理論には、次の3つの原則があります。まず、これ
を押さえておく必要があります。
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有事の経済理論/第1原則
金をばらまいても経済波及効果はあまりない
有事の経済理論/第2原則
金融機関から市場性や社会性が失われること
有事の経済理論/第3原則
パニックのときは平時と反対の現象が起きる
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「有事の経済理論/第1原則・金をばらまいても経済波及効果
はあまりない」について考えます。
いわゆる「バラまき」については、米国では減税、日本では定
額給付金を配っていますが、パニックで消費マインドが凍てつい
ているときは、経済効果は大きく減殺されてしまうのです。
消費が浮ついているときは、1人1万円ずつ配ると7500円
使うが、消費が凍てついているときは3500円しか使わず、残
りの6500円は貯蓄に回ってしまうことが分かっています。あ
の米国でさえ、現在貯蓄性向が異常なほど上昇しているのです。
大前氏は定額給付金に対して次のようにいっています。
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日本の全国民に一律1万2000円を配る麻生政権の定額給付
金も、そのまま消費には向かわないだろう。しかも、事業費1
兆9570億円に対して事務費が825億円もかかる。それで
消費に向かう割合が仮に35%とすれば、7000億円弱の経
済効果しかないというバカげた政策だ。
――「SAPIO/3/20」/小学館刊
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「有事の経済理論」/第2原則・金融機関から市場性や社会性
が失われること」について考えます。
金融機関から市場性や社会性が失われるということは、どうい
うことかというと、金融機関は国――金融庁だけを見るようにな
り、貸出先企業や預金者を見なくなるということです。
建前上は、国は貸し剥がしや貸し渋りを禁止していますが、一
向に改善されていないのです。与謝野大臣が金融庁を兼務するよ
うになってから、銀行が企業に貸し出しを断る場合は、その理由
書を提出するようになったそうです。愚かな対策です。
もっと大事なことがあります。それは、貸し渋りをするなと指
導する部署(監督局)と検査する部署(検査局)が違うので、何
も進まないのです。いくら貸し出しを増やせと監督局にいわれて
も不良債権を増やすなと検査局にいわれたら、銀行は検査マニュ
アルを守って貸し出しをしようとしないのです。これは、手足を
縛っておいて、さあ走れというようなものです。
「有事の経済理論」/第3原則・パニックのときは平時と反対
の現象が起きる」について考えます。
ケインズ経済学では、金利を下げたら、皆がお金を借りて在庫
を増したり、物を買ったりするということになっているのですが
現在は技術の進歩で、必要なときに必要なものを生産するジャス
ト・イン・タイム方式になっているのです。
昔は金利が下がると、納期に時間のかかる「足の長い」資材な
どを借金で買って在庫を積み増し、需要が上昇して市況が上がっ
てきたら一挙に出荷するということが一般的だったのです。しか
し、現在ではジャスト・イン・タイムが広く普及し、トヨタ自動
車やデル・コンピュータのように、注文を受け当てから生産して
納品するというように変わってきているのです。
現在米国では住宅ローンの固定金利は3.5 %に大幅に下がっ
たのですが、住宅需要は下げどまらないのです。つまり、平時の
経済理論の常識は、有事には通用しないのです。こういうことを
踏まえて、有事の経済理論を作り出す必要があると大前研一氏は
いうのです。 ――[大恐慌後の世界/56]
≪画像および関連情報≫
●ジャスト・イン・タイム方式とは何か
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製造業における部材調達・製品生産に関する思想で、「必要
なものを、必要なときに、必要な数量だけ」調達・生産する
という考え方。トヨタ生産方式を構成する2本柱の1つ。生
産の工程において部材の不足・欠品は作業の停滞を意味し、
計画どおりの生産が行えないのはもちろん、待ち時間の間は
設備や工員が遊休化するというムダが生じる。逆に余剰に仕
掛品を持つと保管コストが掛かるうえに、在庫資産を眠らせ
ておくことになり投資効率の面でムダが生じる。そこで、生
産の各工程が作業を行うタイミングに合わせて、必要なもの
だけが到着するようにして使い切ってしまえば、最も効率的
だ。こうした考え方がジャスト・イン・タイムである。
――情報マネジメント用語辞典
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有事経済理論の必要性を説く大前研一氏