進み、今年の為替相場はドル安一色になる――経済の素人はどう
してもこのように考えてしまいます。
金融・経済危機が起きてからというもの急激なドル安が進んで
いるようにみえます。しかし、それは円からドルを見ているから
であり、2003年初を100とした実質実効レート(添付ファ
イル・グラフ参照)で見ると、ドルは2008年春から夏にかけ
て底固めをした後、年末にかけて20%程度急上昇しているので
す。このように、この半年ほどについていうなら、ドルは決して
弱い通貨になっていないのです。
この事実から、2008年秋から年末にかけての急速な「ドル
安・円高」は、ドル安ではなく、円高によって生じていることに
なります。具体的にいうと、このドル安は、米国経済の見通し悪
化やドルの信認低下ではなく、もっぱら円が急激に上昇したこと
によるものであって、これを「円独歩高」というのです。
どうしてこのような事態が生じたのでしょうか。
今後の為替相場の方向については専門家によって意見が異なり
ますが、そのひとつの見方を代表するドイツ証券シニア為替スト
ラテジストである深谷幸司氏の分析をご紹介することにします。
深谷氏は、今回の金融・経済危機が起きる前の状況――株高・
円安の状況を支える条件を次の3つに整理しています。
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1.日銀による超低金利政策の継続
2.預金から投信/投資信託ブーム
3.外国為替証拠金取引FXブーム
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第1は「日銀による超低金利政策の継続」です。
マクロ的な背景として、リストラが一巡し、雇用不安が解消し
たことと、日銀による超低金利政策が継続されたことによって、
企業や個人が投資に積極的になる環境が整ったことがあります。
折から世界景気は持続的高成長局面入りしていたのです。
第2は「預金から投信/投資信託ブーム」です。
政府による「貯蓄から投資へ」という掛け声を受けて、銀行は
預金から投信へと顧客からの預かり金をシフトさせています。銀
行にとっては、預金採算は赤字であって、投信増強策としての投
信手数料は魅力的だったと思われます。
第3は「外国為替証拠金取引FXブーム」です。
日銀による超低金利政策をベースとして、FXブーム――外国
為替証拠金取引が業界健全化・規制整備によって信用力が増し、
日本版キャリートレードがブームとなったのです。とくに、FX
は個人を巻き込んで大きくブーム化したのです。
深谷幸司氏は、この時期の状況について、次のようにコメント
しているのです。
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こうした動きにより、日経平均株価とドル・円相場の関係も、
2003年以前と以降では逆転。日本の投資家のリスクテーク
が活発化、海外勢の円リスクヘッジによって、株高・円高から
株高・円安へと相関関係は変化した。また、この間の日本経済
は、ある意味でバラ色の時期だったともいえる。新興国の成長
も相まって輸出が増加する一方、資本動向によって円安が進ん
だ。輸出企業は最高益を更新。結果として、企業・個人のリス
クテーク、海外直接投資や外貨証券投資が助長されることとな
った。 ――深谷幸司ドイツ証券シニア為替ストラテジスト
「週刊エコノミスト」2008.3/3特大号
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しかし、サブプライム問題が顕在化した後は、こうした流れが
反転・逆転するのです。米国発の金融市場混乱を主な要因として
リスクの高い取引からの撤退が一斉に起こったのです。それは2
段階にわたって起こっています。
第1段階は、円キャリートレードの解消による円高です。もと
もと円安であって、低コストで資金が調達できるので利用されて
いた円キャリの巻き戻しが起こったのです。
ある取引の中で使われていた円が巻き戻され、それが他の取引
の中の円の巻き戻しを誘発し、円安バブルはスパイラルのように
崩壊したのです。これによって円高が進行して円の独歩高となり
米国はひとり負けの状態になってドルが売られたのです。
第2段階は、リーマン・ショック以降、グローバルな金融危機
世界経済全体の悪化・後退へと混乱が拡大することによって、ド
ルについてもリスク回避の巻き戻しが起こったのです。米ドルは
世界のあらゆる取引に使われているので、いわゆるドルキャリー
トレードの解消によって、各所でドルの資金不足が起こり、これ
がドル上昇に結びついたのです。
以上が2008年秋から現在にかけての円高、ドル高について
の説明です。この後、とくに2009年の後半にかけての米ドル
の動向に関しては、専門家によって意見が分かれるのです。
このように、世界中でバブルが崩壊していく中で、米ドルは今
のところ何とか持ちこたえているといえます。実は現在の米ドル
を支えているのは次の2つの要因です。
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1.GCCがドルペッグ制を維持していること
2.AAAの米国財務省証券(米国債)の存在
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GCC――中東湾岸協力会議が現在のところクウェートを除き
ドルペッグ制を維持していることです。GCCの加盟国は、サウ
ジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、クウェート、オマー
ン、バーレーンの6ヶ国です。
しかし、GCCは現在、ドルペッグ制とドル安を主因とするイ
ンフレの猛威にさらされており、これに耐え切れず、クウェート
はドルペッグ制から離脱したのです。それは2007年5月のこ
とです。 ――[大恐慌後の世界/48]
≪画像および関連情報≫
●佐々木融氏のコメント(必読)
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為替相場の予想は難しくて、よく分からない」。マーケット
関係の仕事をしている人でさえもよく口にする言葉である。
以前、米連邦準備制度理事会(FRB)のグリーンスパン前議
長が同様の発言をしたことも影響していると思われる。株式
相場、債券相場の予想も同じくらい難しいと思われるのに、
なぜ為替相場の予想が特に難しいとの印象を与え、よく分か
らないと思われてしまうのだろうか。
http://metaboxx.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-b590.html
●グラフ/主要通貨の実効相場の推移/
「週刊エコノミスト」2009.3/3/深谷幸司氏の論文より
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