安」政策を仕掛けるという、いささかわかりにくいことをやって
いるようです。現政権のガイトナー財務長官も、オバマ政権経済
チームでは「強いドル」を推進し、通貨調整での「総合戦略」を
検討中であることを明らかにしています。
とくに中国に対してオバマ大統領は、「中国政府は人民元を不
当に安く操作している」と認定し、「オバマ大統領は中国の為替
慣行を変えるためにあらゆる外交手段を動員する」と強調してい
るのです。
対中国・人民元に関して米国は、ブッシュ政権時代から連邦議
会で、中国政府が人民元の対ドル為替を切り上げない限り、中国
から米国へ輸入品に対抗的な高関税をかけるという内容の法案を
脅し文句のように審議し続けているのです。
実際にブッシュ政権になってからのドルの下落率は、13.2
%であり、これは歴代大統領の中で最大の「ドル安」であるとい
われます。それまでの米政権――とくに共和党政権は、外面上は
ドル高といいながら、ウラではバランスをとりながらもドル安を
推進してきたことは事実のようです。
なぜ、ドル安は、米国にとってプラスなのでしょうか。これに
ついて、既出の田中宇氏は、自著で次のように述べています。
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米政府がドル安を望むのは、ドルの価値が下がるとその分実質
的な経常赤字と財政赤字の規模を減らせるからであるとか、米
国の輸出産業の振興のためであるとか、産業的なライバルであ
る欧州や日本、中国などの輸出産業に打撃を与えるためである
とか、いろいろ推測されている。 ――田中宇著/光文社
『世界がドルを棄てた日/歴史的大転換が始まった』
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確かに「ドル安」は、米国の産業的ライバルである日本や中国
にとって、それをやられると困るわけであり、米国にとって通貨
調整は重要な戦略であるといえます。一方ドル安は、米国にとっ
て実質的なメリットもあるという意見もあります。いささかレト
リック的ではありますが、ご紹介します。
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07年末での米国の対外債権総額は17兆6400億ドルに上
る。単純に計算して、ドル相場平均で10%下落すると、米国
は1兆7640億ドルの為替差益を得ることになる。これはオ
バマ政権による財政支出拡大に伴う財政赤字見込額を優に上回
る。30%のドル安で5兆2920億ドルに上り、金融危機の
元凶になった証券化商品10兆8400億ドルの価値が半分に
減っても十分補填(ほてん)できる。
――【円ドル人民元】「強いドル」という欺瞞より
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しかし、為替差益(損)というものは、それを自国通貨にした
らという仮定の数字です。たとえば、トヨタが円高によって莫大
な損失といっても、帳簿上日本円に換算した場合であって、ドル
のままで保有すればドルとしての価値を持つのです。
さて、今回の世界的な経済危機によって米国は危機的な状況に
陥っています。果たして米国はこの危機的状況から脱却できるの
でしょうか。
これに関しては、人によって意見が異なります。楽観的な意見
としては、米国という国は、新たな仕組みや産業を勃興させる創
造力を持っており、それが強い回復力の源泉となっているので、
必ず蘇り、再び世界的な経済大国の座に復帰する――こういう予
測です。しかし、これは少数派に属するのです。
田中宇氏は、米国の持つ「回復力の強さ」に対して疑問の目を
向けており、次のように述べています。
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米経済は以前は回復力は強かったが、今では弱くなっている。
経済の中心を担ってきた中産階級が疲弊し、貧富格差の拡大の
中で、中産階級が貧困層に転落する傾向を強めている。
――田中宇著/光文社
『世界がドルを棄てた日/歴史的大転換が始まった』
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なぜ、米国の中産階級が疲弊しているかについて、以下、田中
氏の意見をご紹介します。
米国の大金持ちの収入が、米国民の総収入のうち何%を占めて
いるかという比率の変化についての研究結果があります。ピケッ
ティとサエズという2人の経済学者による2006年発表の研究
成果です。
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米国民のなかで最も収入が多い0.1 %の層(大金持ち層)が
得ている年収が、米国民の年収総額の中に占める割合は、19
30年代には6%前後だったが、1940年代の戦時体制下で
「(収入分布の)大庄縮」と呼ばれる現象の中で急減し、19
50年代から70年代までは2%台の低位で安定していた。こ
の時期の米国は、お金持ちに入る富が比較的少ない分、中産階
級に入る収入が多かったことになる。その後、1980年代か
ら2000年代には、再び大金持ち層の収入比率は8.5 %ま
で上昇している。 ――田中宇氏の上掲書より
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1940年代に大金持ちの収入が減った「大圧縮」の現象は、
英国、フランス、日本、カナダで起きており、世界の先進国に共
通していたのです。そして、1970年代まではこの傾向は続い
ており、大金持ちの収入は全国民の2%前後で安定していたので
すが、1980年代に入ると、米国、英国、カナダというアング
ロサクソン諸国では大金持ちの収入比率は向上したのです。
中でも米国は、それまでの中産階級優遇策を廃止し、明確に金
持ち優遇策に切り替えています。この変化に米国の中産階級はど
う対応したのでしょうか。 ―――[大恐慌後の世界/39]
≪画像および関連情報≫
●ピケッティとサエズによる研究/2006年
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06年5月、アメリカ経済学会の機関誌にピケッティとサエ
ズがアメリカの格差の実態を明らかにした論文を発表した。
民主党のブレーンである経済学者がこの論文を使って、中間
選挙前に新聞紙上でブッシュ大統領の経済政策を厳しく批判
した。先進資本主義国で上位0.1 %の高所得者層が国全体
の所得の何パーセントを占めるかというデータである。
http://kusuyama.jugem.jp/?eid=63
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