2009年02月13日

●「BTCに対抗するロシアのパイプライン」(EJ第2510号)

 ロシアがBTCパイプラインに対抗して打ち出した「沿バルカ
ン石油パイプライン」――このパイプラインは、1990年代半
ばから構想されていたのですが、採算がとれるかどうかが疑問視
され、実現できなかったのです。
 しかし、BTCパイプラインが2005年に完成すると、プー
チン政権はこれを「ロシア外し」と判断し、自らも大きな政治的
決断をしたのです。プーチン大統領(当時)は、2007年3月
15日にアテネに行き、ブルガリア、ギリシャの首脳とともに合
意文書にサインをしたのです。「沿バルカン石油パイプライン」
は、このようにしてスタートしたのです。
 事業主体は、ロシア、ブルガリア、ギリシャの3国から成る企
業連合であり、ロシアが過半数の51%を引き受ける株主になる
というかたちをとり、残りをブルガリアとギリシャが折半すると
いう株主構成です。
 このパイプラインの売りは、カスピ海からの原油はBTCパイ
プラインを使うとコストが高くなること、また、黒海経由の場合
もボスポラス海峡を使わず、沿バルカン石油パイプラインを使う
と、速く、安全に運べる――つまり、「速い・安い・安全」の3
拍子がそろっていることを売りとしたのです。2011年に完成
ということで進んでいますが、折からの金融危機で果たして予定
通り完成に漕ぎつけられるかどうかが懸念されています。
 ここまで述べてくると、カスピ海からの原油・天然ガスを運ぶ
さいにグルジアという国がいかに重要な存在であるかがわかると
思います。まさにグルジアは地政学上の要衝の地であるといえる
のです。ここを西側の欧米が押さえるのか、ロシアが押さえるの
かによって情勢は一変します。
 今回のグルジア紛争によって、ロシアは事実上南オセチアとア
ブハジアについては、完全にロシア側に取り込むことに成功して
います。しかも、ロシアは軍をグルジアの首都であるトリビシ近
くまで進め、ゴリという町の鉄道線路を爆破し、黒海に面したポ
チの町の石油関連施設を接収しているのです。
 これは何を意味するかというと、ヨーロッパへの石油輸送鉄道
路線がロシア軍によって制圧されたということを意味しているの
です。これによって、それまでロシアへの経済制裁で動いていた
フランスのサルゴジ大統領の口調は重くなり、結局経済制裁は見
送りとなったのです。
 もちろん、現在ロシア軍はグルジア国内からは完全に撤退して
いますが、ロシアとしては何かコトがあればいつでも進軍できる
ということを欧米諸国に示威したのです。メドベージェフ大統領
は次のように警告しているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ロシアに対する経済制裁や軍事介入は、ロシアに対する宣戦布
 告と受け止める。われわれは新冷戦を恐れていない
                 ――メドベージェフ大統領
―――――――――――――――――――――――――――――
 このロシアの圧勝に終わったグルジア紛争によって、サーカシ
ビリ政権は苦しい状況に追い込まれています。なぜなら、サーカ
シビリ大統領は、次の2つを公約して大統領になっているのに対
し、それらの公約の達成はきわめて困難であるからです。
―――――――――――――――――――――――――――――
      1.グルジアの完全統合を達成する
      2.グルジアのNATO加盟を実現
―――――――――――――――――――――――――――――
 このうち「グルジアの完全統合」は、南オセチア、アブハジア
の独立を断念させてグルジアに統合するという意味なのですが、
これは現段階では無理であるといえます。2の「グルジアのNA
TO加盟の実現」は、1と連動しており、1が実現不能であるな
ら2も不可能になります。サーカシビリ大統領の今後について、
国際ジャーナリストの田中宇氏は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 グルジア人の多くは「米と太いつながりを持つサーカシビリに
 任せればNATOに入れるし、欧米の軍事的後ろ楯を使って分
 離独立派の二州をおさえられる」と期待していた。その期待が
 消えた今、グルジアの野党は反サーカシビリ色を強めている。
 サーカシビリは、反対派に言いがかりをつけて次々と投獄する
 独裁者なので、野党は慎重だが、すでにサーカシビリが辞めさ
 せられるのは時間の問題だという見方が欧米で出ている。
                       ――田中宇著
      『メディアが出さないほんとうの話』/PHP出版
―――――――――――――――――――――――――――――
 グルジア紛争に対して関連諸国の態度は完全におよび腰です。
米国は口先だけの非難に終始し、旧ヨーロッパ諸国――ドイツ、
フランス、イタリアなどはロシアの反発をひたすら恐れ、プーチ
ン式外交の虜になってしまっています。もともと旧ヨーロッパ諸
国は、グルジアとウクライナのNATO加盟についても熱心では
なかったのです。
 唯一、新ヨーロッパ諸国といわれるバルト三国――エストニア
ラドビア、リトアニアとポーランド、ウクライナの首脳は、紛争
後直ちにグルジアの首都のトリビシに集合し、ロシアを強く非難
していますが、これとてロシア軍の介入を恐れて、その団結ぶり
を強調したに過ぎないと木村汎教授はいっています。
 このようにグルジア紛争に関して世界の関連国が、おのれの利
害を最優先させる態度を示していることは、エネルギーを巧みに
武器として使うロシアの強気の外交を恐れているからです。
 かかる現象は、ヘンリー・キッシンジャー氏の次の言葉によっ
て、よくいいあらわされています。
―――――――――――――――――――――――――――――
  列強諸国はおのれの同盟国のために自殺することはない
―――――――――――――――――――――――――――――
日本は肝に銘ずべきです。  ―――[大恐慌後の世界/28]


≪画像および関連情報≫
 ●グルジア情勢とNATOの今後/あるブログより
  ―――――――――――――――――――――――――――
  グルジアでの紛争が再燃し、大きな国際問題となっている。
  最新の報道ではロシアが武力行使を停止したとされており、
  小康状態にはなったというところだろうか。この問題はあま
  りに複雑な要因が絡んでいるが、国内報道への違和感もある
  ので多少言及しておこうかと思う。
   http://kawa-kingfisher.sblo.jp/category/70381-1.html
  ―――――――――――――――――――――――――――
 ●図の出典/木村汎著『プーチンのエネルギー戦略』北星社刊

沿バルカン石油パイプライン.jpg
沿バルカン石油パイプライン
posted by 平野 浩 at 04:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 大恐慌後の世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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