の一つは、米国によるミサイル防衛計画(MD)網の欧州配備計
画です。これは、イランのミサイル攻撃を想定し、ポーランドと
チェコにその関連施設を建設するというものです。
ポーランドとチェコの両首脳は基本的に受け入れを表明してい
ますが、ポーランドはロシアのグルジア侵攻までは最終決断を下
していなかったのです。ポーランドはEU内で最も反ロシア的な
国です。ちなみにチェコは既に2008年4月の時点で、米国と
合意に達していたのです。
しかし、グルジアが無残にも米国に見捨てられたのを見て、急
遽ミサイル防衛協定を決断し、両国の交渉担当者が合意文書に署
名したのです。2008年8月14日のことです。
今回ポーランドが基本合意したのは、米国が東ヨーロッパに展
開を模索しているMD計画の一環であり、チェコに統括レーダー
を設置、2012年までにはポーランドのバルト海沿岸に10基
の弾道弾迎撃ミサイルを配備し、ヨーロッパ全域と米国本土を、
イランなど西欧諸国に敵対しうる国の弾道ミサイルから防衛する
役割を果たす目的を持っています。
これに対して当然のことながら、ロシアは猛反発したのです。
ロシアのメドベージェフ大統領は「このMD構想がロシアをも目
的としている」として反発の意を示し、また、ロシア軍のノゴビ
ツィン参謀次長も「許されざる事態」と警告を発したのです。
プーチン首相は対抗措置として欧州通常戦力条約の凍結を表明
し、ロシア軍首脳も冷戦終結の象徴である中距離核廃棄条約から
の離脱の可能性を示唆したのです。暗に「核を使うぞ」と脅した
です。そして、ポーランド、チェコに対し、両国がロシアのミサ
イル標的になり得るとも警告しています。
これは、逆の立場ですが、ケネディ政権のときの「キューバ危
機」によく似ていると思います。キューバにロシア製の防空ミサ
イルを配備して、キューバが何らかの攻撃を受けたときにはロシ
アが守るという条約を結んだのと同じことを意味しているからで
す。ロシアが危機感を抱くのも当然です。それだけ緊張が高まっ
ており、いつ何が起こっても不思議はないのです。
しかし、ミサイル防衛――MDとはどれほどのものなのでしょ
うか。少し、ミサイルについて研究してみましょう。
核を搭載したミサイルが発射されたとします。ミサイルは垂直
に上昇し、なるべく早く大気圏を離脱しようとします。なぜかと
いうと、重いものを運んでいるのですから、できるだけ空気抵抗
を避けて燃料を節約しようとするからです。
大気圏外に出たミサイルは、重力ターンを行い、目標に対する
軌道修正をして、目標に向かって飛行をはじめます。ここから先
は大きな放物線を描いて目標に達するのです。
重力ターンというのは、宇宙船などが惑星の引力(重力)を利
用して加速したり、方向転換する方法であり、惑星の引力による
物体の放物線運動を利用するのです。
それでは、MD側はどうするのでしょうか。
MD側は、ミサイルが重力ターンをした後で、レーダーで観測
して、軌道を計算します。どこに飛んでくるかわからないと、迎
撃しようがないからです。
軌道を計算した未来位置に向けて、イージス艦からSM−3と
いう迎撃ミサイルを発射します。SM−3は、高度90キロメー
トルで弾頭のキルビークを切り離しますが、そこまではレーダー
で誘導されるのです。そして、キルビークがミサイルにぶつかり
迎撃は成功する――こういうことになるのですが、これが成功す
るのは、SM−3が発射された後もミサイルが軌道を変化させな
い場合だけです。
SM−3が発射された後で、目標のミサイルが変則的な動きを
すると、レーダーでは追尾できなくなります。弾道計算が狂って
しまうからです。
ロシアの最新型のミサイルに「トーポリM」というのがありま
す。これは発射されると、大気圏を出たり、入ったりして最終段
階には急激に軌道を変化させることができるのです。こうなると
MD側は軌道計算ができなくなってお手上げです。
ロシアにはこのほかに、10個程度の核弾頭を積める重ICB
Mと呼ばれるミサイルがあります。これが意味していることは、
ロシアのミサイルは推力に十分余裕があるということです。
推力に余裕があると、高度90キロメートル以下の低い弾道を
飛ばせて、超スピードで目標に達することができます。高度90
キロメートル以下を飛ばれると、MDは無力です。また、これを
発展させたものがロシアが自慢する超音速巡航ミサイルですが、
これにはMDはまったく歯が立たないのです。
まだあります。核ミサイル側はきわめて少ないコストで、MD
を無力化できます。それは囮(おとり)――デコイ弾頭を使う方
法です。デコイはアルミ箔でできた風船のようなものです。大気
圏には空気も重力もないので、鳥の羽毛もアルミ箔も核弾頭と同
じ動きをします。しかも、レーダーは鳥の羽毛もアルミ箔も弾頭
と同じように見えます。
そういうものをばら撒かれると、それに対していちいちSM−
3を何個も打ち上げなければならないのです。そんなことができ
るわけはありません。このように攻める側はいくらでも手がある
のですが、防御する側はお金がかかる割りに効率の良くない迎撃
しかできないことになります。
このように考えると、MDで完全に核ミサイルを防ぐことは不
可能に近いことです。しかし、いくらロシアといえども核保有国
には核ミサイルを撃ち込めないでしょう。なぜなら、確実に核の
報復攻撃を受けるからです。
日本は非武装で核を持たない――この精神は立派であり、守る
べきですが、万一日本が攻撃されたとき、米国は、本当に日本を
守ってくれるのでしょうか。グルジア戦争のときの米国を知ると
不安になります。 ――[大恐慌後の世界/23]
≪画像および関連情報≫
●SM/スタンダード・ミサイルについて
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スタンダードミサイルは米国海軍が開発した艦隊防空用の艦
対空である。開発には複数の企業が関わったが、現在の主契
約社はレイセオン。スタンダード艦対空ミサイルは大きくS
M−1、SM−2、SM−3の3つに分けられる。派生型と
して対レーダーミサイルのスタンダードARMが存在する。
また、空対空のシークバットや、艦対地ミサイルのSM−4
なども開発されていたが、これらは開発中止されている。
――ウィキペディア
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