2001年06月09日

ルーズベルトの陰謀は裏付けられている(EJ634号)

 先週で真珠湾攻撃の話は終りにしようと思ったのですが、『文
藝春秋』7月号の「真珠湾の決着/今、歴史が変わる」という特
集を読んだところ、いくつか発見があったので、今朝もこのテー
マを取り上げます。
 『文藝春秋』7月号では、EJ631号で取り上げたロバート
・スティネット著『真珠湾の真実/ルーズベルト欺瞞の日々』を
取り上げています。そして、これについて、作家の西木正明氏と
京都大学教授中西輝政氏とが対談をしているのです。
 まず、フランクリン・ルーズベルト大統領が当時置かれていた
政治的状況を理解する必要があります。1939年9月に、ヨー
ロッパで始まった第2次世界大戦は、当初ドイツは圧倒的に優勢
でした。1940年6月にはフランスが降伏、9月にはロンドン
への空爆がはじまっていたのです。
 英仏は米国の友邦国、本来なら米国も参戦して友邦国を助ける
べき立場です。とくに英国は助けたいとルーズベルト大統領は考
えていたのです。しかし、当時の米国国内は、参戦反対派が多数
を占めていたのです。
 伝統的に米国はヨーロッパ大陸への不干渉主義を貫いてきた国
です。それに加えて第1次世界大戦でのヨーロッパの惨状を国民
は知っており、国内には厭戦気分がみなぎっていたのです。そん
なときに大統領が、外国の戦争の戦場に国内の若者を送り出すな
どといったら、大変なことになります。
 そこでルーズベルトは考えたのです。外国の戦争なら無理だが
自国の戦争なら話は別です。当時深刻な外交問題の争いのあった
日本を追い込んで戦争に駆り立て、「卑怯な騙し討ち」を演出し
て一気に参戦にもっていくというシナリオを描いたというのが、
スティネットの指摘なのです。
 それなら、なぜ日本軍が真珠湾に来襲することをルーズベルト
が事前に知ったかですが、スティネットは暗号の解読によって日
本軍の意図はすべて筒抜けであったと述べています。
 日本海軍機動部隊としても、無線を打てば米国にすべてわかっ
てしまうということを知っていて、厳重な無線封止を行ったとさ
れています。しかし、スティネットは、実はこれが守られていな
かったことを暴露しているのです。
 真珠湾攻撃を担当した日本海軍機動部隊の南雲艦隊は、11月
26日、エトロフ島のヒトカップ湾を出港し、ハワイに向けて出
発しています。スティネットは、11月15日から12月6日の
間に、米海軍監視局が傍受した日本海軍暗号電報129件を分析
し、南雲艦隊が無線封止をやっていなかったことを本の中で暴い
ているのです。
 この電報129件中、南雲中将の発した電報は60件で、11
月26日のヒトカップ湾出港に当っても、第四航空艦隊司令長官
や潜水艦隊の司令長官と入念な無線交信を行っていたことをちゃ
んと把握しているのです。
 このように、米軍およびルーズベルト大統領は、これら129
件の暗号電報の解読によって日本海軍機動部隊がハワイに向けて
集結中であることをちゃんと掴んでいたことになります。
 また、米軍は日本のスパイの動きも逐一把握していたのです。
森村正の名前で1941年3月にハワイの情報収集に派遣された
吉川海軍少尉は、ハワイに行った行動をすべて監視され、彼が日
本宛に打った暗号電報を解読して、その時点で「日本がハワイに
関心を持っている」ことを既に読み取られているのです。
 それに当時のジョセフ・グルー駐日米国大使もどうも日本が、
真珠湾を攻撃する意図があることに気が付き、本国に機密電報を
打っているのです。この時期は1941年1月であり、山本五十
六連合艦隊司令長官が真珠湾攻撃を決めた直後のことです。
 これだけの情報を得ているにもかかわらず、この時期にハワイ
の太平洋艦隊を指揮する任務についたハズバンド・E・キンメル
司令長官には、日本海軍機動部隊がハワイ攻撃を仕掛ける情報が
あることを何も教えていないのです。
 しかし、周囲の様子から「ハワイが危ない」と感じたキンメル
司令官は日本の来襲に備えて演習を行っているのです。日本軍が
ハワイを攻撃する2週間前のことです。ところが、不可解なこと
に、演習の途中にワシントンから「演習中止」の緊急の命令を受
けてやむなく中止しています。
 ちなみに、2000年10月、米国の下院決議で、真珠湾攻撃
の責任をとらされたキンメル太平洋艦隊司令長官の名誉が回復さ
れています。ハワイ敗戦の原因は、ワシントン上層部が日本軍の
動きに関する情報を伝えていなかったことを国として認めたこと
になります。これもルーズベルト陰謀説を裏付ける事実です。
 『文藝春秋』では、作家の西木正明氏がスティネットにインタ
ビューしたときの話を紹介しています。西木氏は、ルーズベルト
が陰謀を企てたと仮定しても、真珠湾の被害は大き過ぎるのでは
ないかとスティネットに疑問を呈しています。そして、なぜ、ハ
ワイの司令官に知らせなかったのかということも・・・。
 スティネットは次のように答えたというのです。
 世論を動かすには、それだけの被害が必要であるというもので
す。真珠湾以前でも太平洋で米国の船が何回もドイツの潜水艦に
沈められていたのですが、米国民は戦争を求めなかったのです。
少々の被害では国民は動かないと考えたのです。もっともルーズ
ベルトは日本を甘くみていたことは確かですが・・・。
 なぜ、ハワイの司令官に知らせなかったかというと、それはマ
スコミの問題であるといっています。当時ハワイのマスコミは、
軍関係の情報を熱心に収集しており、そこで不自然な避難行動を
とれば、それが日本側に知られることを恐れたのです。それでも
真珠湾攻撃の直前にワシントンからキンメル司令官に命令がきて
空母エンタプライズとレキシントンを含む近代的な戦艦21隻は
真珠湾を離れているのです。
 日本の真珠湾攻撃から実に60年、ここにきて一挙にすべてが
明らかになりそうです。映画『パール・ハーバー』の上映がキッ
カケですが、この映画は凡作のようです。

posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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