2009年01月13日

●「ファルドCEOの栄光と挫折」(EJ第2488号)

 前号のポイントを繰り返します。2008年6月時点でCDS
の世界取引残高はおよそ54兆ドル――これは世界全体のGDP
50兆ドルを超えています。そして、この額は米国の累計財政赤
字の53兆ドルにほぼ匹敵するのです。
 この額の大きさは尋常ならざるものです。よくここに至るまで
米国は放置していたものです。もし、この54兆ドルがはじけた
ら、世界経済に壊滅的な打撃を与えることが確実だからです。
 どうしてこんなことになったのか。米国では今になって犯人探
しをやっているようですが、世界経済が今後どうなっていくのか
を探るために、EJでもことの顛末を振り返ってみます。
 今回の金融危機が一段と恐慌の様相を示しはじめたのは、リー
マン・ブラザーズの破綻からです。このリーマン・ブラザーズの
CEOを務めていたリチャード・ファルドという人物に注目して
みましょう。彼はどういう考え方をする人物なのでしょうか。
 ファルド氏は、コロラド大学を卒業して、ニューヨーク大学の
ビジネススクールの夜間コースでMBAの取得を目指しながら、
1969年からリーマン・ブラザーズでサラリーマンとして働き
始めたのです。彼は大変愛社心が強い人物だったのですが、何事
も会社一筋という性格で、世間のことなどまるで考えず、会社の
利益拡大に突っ走ったといいます。
 ところが、リーマン・ブラザーズは1984年に破綻してしま
うのです。その間のいきさつについては、ケン・オーレッタの次
の本に詳しく書かれています。
―――――――――――――――――――――――――――――
      ケン・オーレッタ著/永田永寿訳/日本経済新聞社
 『ウォール街の欲望と栄光――リーマン・ブラザーズの崩壊』
―――――――――――――――――――――――――――――
 リーマン・ブラザーズはこれによってアメリカン・エキスプレ
スに売却されてしまうのですが、これによって激しい内部抗争が
起こり、ファルド氏はその抗争に勝ち抜いて、その結果分離独立
したリーマン・ブラザーズのCEOになるのです。
 大方の予想では、リーマンがいくらがんばってもゴールドマン
・サックスなどのウォール街の企業には勝てないと思われていた
のですが、リーマン・ブラザーズはその予想を裏切って1990
年代を通して大躍進を続けたのです。
 そして、ファルドCEOは『ビジネスウィーク』誌の「CEO
オブザイヤー」の「米国で最も尊敬されているカリスマCEO」
に選ばれるまでになったのです。ここまではファルドCEOの手
腕は高く評価されていたのです。
 しかし、このあたりからファルド氏は、絵にかいたようなワン
マン経営者となり、2004年に自分のお気に入りの部下である
ジョー・グレゴリー氏を後継者との触れ込みでCOO――最高執
行責任者に任命すると、あとは文字通り「リーマンの帝王」とし
て社内外に君臨するようになります。
 「裸の王様」ということがよくいわれますが、ファルド氏はま
さにその通りであり、2008年3月にベア・スターンズの経営
危機が表面化しても平然としていたといいます。しかし、このと
き既にリーマンの経営も深刻化しつつあり、そういう報告もファ
ルド氏に上がっていたのですが、彼はリーマンの危機を絶対に受
け入れなかったというのです。
 当然リーマンの株価は下がり続け、他の金融機関からの資本注
入を受け入れるか、会社の売却まで視野に入れる状況になってい
たのですが、それでもファルド氏は会社の帳簿価格を安くするよ
うな資本注入は絶対に受け入れなかったのです。実際に韓国産業
銀行からの資本注入の話があったのですが、ファルド氏は強く拒
否したのです。彼は会社の衰退を認めたくなかったのでしょう。
 そして2008年9月15日――リーマン・ブラザーズは、日
本の民事再生法に当たる連邦倒産法第11章の適用を連邦裁判所
に提出して事実上破綻したのです。
 しかし、会社が破綻してもファルド氏の日常は変わらず、会社
の高級スポーツジムに姿を現し、黙々とストレッチをやっている
というのです。そういうファルド氏に怒りを隠さない幹部社員は
ファルド氏に顔面パンチを食わせるという事件もあったのです。
 こういうファルド氏の行動について、『フィナンシャル・タイ
ムス』誌は次のように論評しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 あまりにも自分のすべてを、自分の人生と自分自身そのものを
 この銀行に注ぎ込んできたせいで、その衰退を受け入れられな
 かったのだ。もっと早くに売りに出ていたら、リーマンは生き
 残ったかもしれない。 ――『フィナンシャル・タイムス』誌
―――――――――――――――――――――――――――――
 リチャード・ファルド氏に限らず、ウォール街の企業の経営者
にはこういう人が多いのです。彼らの論法はこうです。今回の金
融危機は百年に一度のものであり、誰もそれを予測することは困
難である――このように当事者でありながらまるで自分が被害者
であるような発言をしているのです。
 現にファルド氏は、議会の公聴会において、その莫大な報酬を
指摘されると、それはほとんど自社株として受け取っていると逃
げ、会社の破綻が予測のつかないものであった証拠に、会社が破
綻した現在でも、自社株を1000万株以上持っていると強調す
るのです。そして、自分こそ最大の被害者であると主張するので
す。さすがにこの発言には議場から罵声が飛んだそうです。
 はっきりいって、ファルド氏は自己中心で、責任感というもの
が完全に欠落しています。だから、そういう無責任な発言を平気
でするのです。
 しかし、こういうウォール街の経営者にそういう詐欺まがいの
商品を売ることを可能にした米政府にはもっと大きな責任がある
と思うのです。米国にとって、規制を撤廃して野放しにしたこと
の責任はあまりにも大きいと思います。これについては、明日の
EJで述べます。       ――[大恐慌後の世界/06]


≪画像および関連情報≫
 ●『フィナンシャル・タイムス』誌の全文
  ――――――――――――――――――――――――――
  リーマン・ブラザーズが前回、1984年にいったん破綻
  したときの顛末を、ケン・オーレッタの著書「ウォール街
  の欲望と栄光――リーマン・ブラザーズの崩壊」で書いて
  いる。この中で同銀のリチャード・ファルド氏は激しく、
  誇り高く内向的な、債券取引のトップとして登場する。内
  部抗争のせいで同社が身動きとれなくなっても、ファルド
  氏は売却の必要性を受け入れなかった。
  http://news.goo.ne.jp/article/ft/world/ft-20080915-01.html
  ――――――――――――――――――――――――――

リチャード・ファルド氏.jpg
posted by 平野 浩 at 04:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 大恐慌後の世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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