縦軸派と横軸派があることをご紹介しました。そして、今の世の
中には縦軸派の人が必要であることも・・・
前野氏のあげる縦軸派は、政治家元老の中曽根康弘氏をはじめ
漫画家の小林よしのり氏、東京大学教授の藤岡信勝氏、電気通信
大学教授の西尾幹二氏、評論家の西部邁氏、それにジャーナリス
トの櫻井よし子氏の名前が並びます。とくに櫻井氏に対して前野
氏は次のように述べています。
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『櫻井よし子さんも、私が期待する縦軸派文化人のひとりであ
る。彼女が「週刊新潮」などで連載している「日本の危機」、
「迷走日本の原点」といった一連のシリーズは、毎回、確かな
目標で貫かれており、櫻井さんのジャーナリストとしての見識
の高さを感じさせる』。(『第四の国難』より。扶桑社刊)
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前野氏が推奨する『迷走日本の原点』(櫻井よし子著、新潮社
刊)は、大変な名著です。この本は、「週刊新潮」に連載された
シリーズに櫻井氏が大幅に加筆訂正してこの4月に刊行されたば
かりの新刊書です。
その櫻井氏の本の第2章に「アメリカの陰謀」というタイトル
で書かれた部分があります。櫻井氏は、ここで、ロバート・ステ
ィネットによる『欺瞞の日』(Day of Deceit) という本を紹介
しています。この本には「FDRと真珠湾の真実」という副題が
ついているのです。
この本は、2000年の春に出版されているのですが、この本
によると、日本の真珠湾攻撃は、あらゆる電報や暗号がすべて米
側で傍受・解読され、日本軍が真珠湾に来ることをすべて知りな
がら、当時の米国大統領フランクリン・ルーズベルトはあえて日
本の攻撃を黙認して受け入れたという衝撃的事実が書かれている
のです。つまり、当時の米国は、何としても日本に戦争を仕掛け
させたかったのです。
この本は膨大な資料からその米国の陰謀を証明しているという
のです。本来であれば、当時の日本が国際的にどういう状態にあ
ったかについて書くべきですが、それを書くと長くなるので、こ
こでは「大東亜戦争(太平洋戦争)」が米の陰謀によるものとい
う事実についてのみ取り上げます。
前野氏も『第四の国難』の中で、この件について次のように述
べているのです。
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『恐らく日本が真珠湾を間もなく攻撃すると聞いて、ルーズベ
ルトは飛び上がって喜んだに違いない。開戦の大義名分が立つ
上、「騙し討ちも辞さない卑怯な日本民族」と戦うのだとなれ
ば、国民も奮い立つ。ルーズベルトにとって真珠湾攻撃は一石
二鳥のありがたい贈り物となった。日本はまんまとルーズベル
トの罠にはまってしまったのだ』。(前野徹)
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このフランクリン・ルーズベルトという男は、人種差別主義者
で、根っからの反日感情の持ち主だったのです。実は彼の前の大
統領もルーズベルトという名前であり、セオドア・ルーズベルト
といいます。日本と戦争したフランクリン・ルーズベルトは、セ
オドアの甥に当るのです。日本に戦争を仕掛けさせ日本を打倒す
ることをいい出したのは、セオドアが大統領のときからであり、
フランクリンはそれを受け継いだのです。
『欺瞞の日』によると、当時米国には「対日開戦促進計画」と
いうものがあり、いかにすれば日本を刺激し、憤らせ、退路をふ
さぎ、打つ手を失わせ、対米英蘭不信感を深めさせ、遂には国際
社会のそしりを受けるような開戦に追い込むことができるかを8
段階にわたる戦略として構築しているのです。
例えば、第1段階としては「英国が太平洋地域、特にシンガポ
ールに保有する軍事基地を米国も使用できるよう英国政府と調整
すること」とありますが、戦前の日本においてこんなことをされ
れば、日本は米国の意図を疑うはずです。
第2段階は「オランダが保有するインドネシアにおける基地の
米軍による使用と米軍への物資の供給についてオランダ政府と調
整する」とあります。これをされれば、日本としては米国に対し
て猜疑心と敵愾心を燃やすにきまっています。
第3段階は、「中国大陸の蒋介石政権に全ての可能な援助を与
える」とあります。中国大陸に歩を進めた日本は、蒋介石政権を
相手に日支事変に突入し、蒋介石と泥沼の戦いをやっていたので
す。その蒋介石を米国が支援するということになれば、日本とし
てはもう戦争しかないということになります。
このようにして日本に猜疑心を抱かせ敵愾心をあおり、日本を
追い詰めていったのです。そして、第8段階で「日本との貿易を
すべて禁止し、日本を封鎖する」ということに至るのです。日本
としては、何としても米国との戦いだけはやりたくなかったので
あらゆる外交努力を重ねたのですが、一歩一歩戦争に追い込まれ
たのです。
先にお伝えした野呂田芳成議員も「米国が石油などを封鎖した
から、日本はやむをえず南方で資源確保に乗り出していった。い
わばそれは米国の罠にはまってしまったのが本当だろうと、多く
の歴史家がいっている」と述べており、ここにも「米国の罠」と
いうことばを使っているのです。
ところが、1993年8月5日に首相に就任した細川元首相は
「先の戦争をどう認識しているか」という記者の質問に対して、
「私自身は侵略戦争であった。間違った戦争であった」と述べて
います。首相に就任すると記者は必ずといってよいほどこういう
質問や靖国神社参拝のことを聞くのですが、これは要するに踏絵
を踏ませるわけです。しかし、細川氏は国会における所信方針演
説の中で「日本は侵略国」という趣旨の発言をしており、一国の
首相としてまことに思慮のない発言といえます。
